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信じられない。

私の目の前には、人間では無い、鬼がいた。
否、先程まで人間だと信じて止まず、つい今しがたまで一緒に仕事をしていたそれは、額に一本角を生やし、私に感情のない瞳を向けていた。

最初は残業で目がおかしくなったのかと己を疑ったが、それは決して幻覚では無かった。共に残業をしていた加々知くんが暫し仮眠を取っており、その様子に微笑んでいたのも束の間、額から徐々に生えてきた角を目の当たりにして思わず声を漏らせば、加々知くんは目を覚まし、「ああ、見てしまわれたんですね」と冷静に呟くと私にゆっくりと歩み寄る。

「か、がちくん…貴方、一体」
「…バレてしまったのなら、仕方ありませんね。お察しの通り、私は人間ではありません」
「…私達を、騙してたの?」
「ええ、まあそういう事になりますね」
「…正体を知った、私をどうする気…?」

じりじりと後退すれば、同じように滲み寄る加々知くんにひやりと汗が流れ落ちる。

「…そうですね」

そんな私に加々知くんは、いつもの低い声を呟くと、言葉を続けた。

「地獄に、連れて行きましょうか」

どくん。
加々知くんの言葉に脈が大きく跳ねると、継続して速くなる鼓動。

「…じ、ごく……?」
「ええ、案外楽しい所ですよ。…正直、私は貴方の真面目さを買っていましたから、丁度良い機会です」
「…何、言ってるの…?」

逃げなくちゃ。この場から一刻も早く。

「逃げる事は出来ませんよ。…貴方はもう、地獄に行く運命なんです」
「…やめてよ」
「なまえさん…私と一緒に、地獄に参りましょう」

私の足は突如石になった様にその場から動く事が出来なくなり、尚も歩み寄る加々知くんもとい、鬼から目が離せないでいた。

「心配しないで下さい。地獄に行ったら、私が責任持って貴方を面倒見てあげます」

何という口説き文句だ。
その言葉はまるで。


「ええ、そうですね。プロポーズと取ってくれて構いませんよ。さあ、参りましょうか」


(そして私は深い眠りについた)


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