sss | ナノ

深い眠りから覚めた様な感覚がする。
ぱちり、と開けた眼にはいつもの見慣れた風景が映り込む。仕事へ行くために毎日乗るバス停のベンチに座って、私は何をしているのだろう。
ここに来た経緯などまるで覚えていない。そもそも今は何時だろうか。(外は真っ暗だし、明日も仕事なんだから早く帰らなきゃ)だが、不思議と穏やかな気持ちで、ベンチに座り込み空を眺めたまま動けずにいた。


「こんな所にいたんですか」


暫くぼーっと空を見上げていた私に声を掛けた人物へ視線を移せば、そこには同じ仕事場で働く加々知さんがいた。

「あれ…加々知さん、こんな時間に何してるんですか?」
「それは貴方もでしょう。それに、女性が一人で人気のない所にいると危ないですよ」
「うーん…私も早く帰らなきゃって思ってるんですけど、何故だか、このまま空を眺めていたいって気持ちなんですよね」

どうして加々知さんがこんな所にいるのだろうか。確か、家はこの辺ではなかったはず。なんて思いながら、加々知さんの発した言葉の意味も深く考えず、再び視線を空へと移した。
加々知さんは私の隣に座ると、同じ様に空を見上げる。

「…静かですね」
「そうですね。会社がある場所と比べるとあんまり都会じゃないので、これ位の遅い時間になると人通りは無くなります。だからバスも夕方に来るのが最後なんですよ。不便ですよね」
「それは大変ですね。なまえさんは以前からこちらにお住まいなんですか?」
「そうです。そうでないと、こんな不便な所に好き好んで引っ越してきませんよ。子供の頃は、男の子に混じってこの先にある森で虫捕りとかして楽しかったですけど」
「随分活発な女の子だったんですね」
「ええ。でも、中学生くらいになるとゲーセンだったりカラオケだったり遊ぶ所が無くて、皆でバスに乗って遠い所まで遊びに行ってましたよ…ふふ」

言葉にすると、結構田舎だなって思えて何故か笑いが溢れた。そんな私に加々知さんの表情は変わらないがどこか笑った様な、そんな気がした。



「…それで、貴方は何故こんな所にいるのですか?もう今日はバスは来ないんでしょう」

それから少し、私の子供の頃の思い出話を膨らませ、区切りがついた所で、加々知さんがふと言葉を漏らした。

「…それは、そうなんです…けど」

そんな加々知さんに、私は確かにそうだと考えながらも自然に出てきた言葉を口にした。


「でも、待っていれば…いつかバスが来て、加々知さんに会いに行けるかなって……!」

自然に出た言葉を並べる内に、私は徐々に、どうしてこんな所にいたのかを思い出す。




「…そうだ。私、死んだんだ」




いつものように仕事へ行くためにいつものようにここでバスを待っていたら、道に子猫がいて、車に轢かれそうになったところに、私は飛び出した。
車の光が目の奥にまで広がる様に輝いて見えたのが、意識が途切れるまでの記憶。
その寸前に、私の脳内に現れたのは加々知さんだった。
つい一週間に派遣社員として入社した加々知さんに、みるみるうちに心を惹かれていた私には、こんな終わり方はとても心残りの出来る別れ方だった。

もっと、加々知さんとお話してみたかった。
こんな事になるのなら、加々知さんに想いを打ち明ければ良かった。

せめて、最後にもう一度。


「…だから私、最後に加々知さんに会いたくて、こんな時間なのに、バスを待ってたんだと、思います」
「…そうなんですか」

「…好き、だったんです。加々知さんの事」

「…ありがとうございます」
「…言えて良かった」

全てを思い出し、加々知さんに想いを打ち明ける事が出来た私はとてもスッキリとした気分になった。勿論、想いを伝えるだけ。返事は貰うつもりなどは無かった。万が一、嬉しい返事を貰えても、断られたとしても、悲しい気持ちだけが残ってしまうの嫌だった。

「ところで、加々知さんて、霊感あったんですね。死んだ私が見えるなんて」
「ええ、まあ…そんな所ですね」
「でも良かった。最後に一目見たくて化けて出たのに、まさかお話まで出来るなんて…お陰で、想いを打ち明ける事が出来ました」
「…未練は無くなりましたか?」

私は尋ねられた言葉ににっこりと笑顔を返す。

「ええ。これで成仏出来そうです」
「良かったですね」

でも、もうこれで本当に加々知さんとお別れしてしまう。
打ち明ける事は出来たが、もう二度と会えないと思うと目の奥がじわじわと熱くなり、涙が溢れ出そうになったが、ここで泣いてしまっては、また未練が出来てしまう。




最後は、笑ってお別れしなきゃ。



「あの、私の事忘れ「では、行きましょうか」…え?」



ぐ、と拳を握り覚悟を決めたのに、なぜか加々知さんに言葉を遮られてしまう。
そして、遮った言葉は何とも理解のし難い台詞。

「あの…どういう意味ですか?」
「なまえさんが死んでしまったので、お迎えに上がったんです」
「お、お迎えって…どこに」



「勿論、あの世ですよ」




ネバーエンディングストーリー




「…え、……え!?」
「詳しいお話は、向かいながら説明します。恐らく、貴方のこれまでの素行を見る限り、天国逝きは確実でしょうが、また私と一緒に働いて頂けると言うのであれば、地獄にて就職先は用意させて頂きますよ」
「え!?天国逝き…地獄、し、死んでからも、就職…!?と言うか、か、加々知さん、つ、角が…」

急展開な話になど勿論ついて行く事が出来ない私は、混乱してしまう。そんな最中、私の手首をぐっと掴み、歩き出した加々知さんの額からは何処からともなくゆっくりと角が生え出した。
(何で、加々知さんに角が…それに、歩けば歩く程、場所が変わって…この世の場所とは思えない光景に…頭が、壊れそう…)
今起きている現状全てに置いて理解が出来なくなっている私をよそに、加々知さんはああ、と何かを思い出したかの様に言葉を漏らす。

「そう言えば、まだ先程の返事をしていませんでしたね」
「さ、先程のって…(まさか、私の告白…!?)」

まさか、死んでからも加々知さんと一緒にいれるなんて思ってもみなかった上に、告白の返事を貰う覚悟なんてサラサラ無かった私は先程の己の告白を思い出して顔を真っ赤にする。
(死んだし、サラッと気持ち伝えて成仏するつもりが、まさか、そんな…!絶対振られる!)

「あ、いや…会ってまだ一週間でしたし、お返事はそんな急がずとも…!」
「そうですか?と言っても、日が経つにしろ私の返事は変わりませんが」
「え…!(一切私を好きになる要素がないと…!)」


「私も、既に同じ気持ちですから」


「…え、」
「ですので、なまえさんには是非、地獄で就職してもらいたいものですね」
「……」
「さ、閻魔殿に着きましたよ。ほら、ボーッとしてないで行きますよ」
「!」

まさかの、万が一だと思っていた返事を貰った私は今までの状況に留めを刺すかの様な衝撃を受け頭は完全に真っ白になった。こんな状況でも顔色一つ変えない加々知さんは、目的の場所へと着いたのか掴んでいた手首を離した。
かと思いきや、今度は私の手を指を絡めるようにして繋ぎ直した。(こ、恋人繋ぎ…!)
意外にも大胆だと知った私は、これからもっと加々知さんの知らない部分を知っていく事になるのだろう。
そう考えると、私は先程の不安な気持ちよりも嬉しさが込み上げてきた。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -