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「あ、鬼灯様。この前の件ですが…」
「鬼灯様!衆合地獄で亡者が…」
「鬼灯様…」
「鬼灯様は…」



「鬼灯」




(閻魔大王は差し置いて)いつもの慣れた呼称の中で唯一、彼女は、私の名前をいとも軽々しく呼び放った。(最後に呼ばれたのは何百年前だろうか)
目を閉じれば思い浮かぶ彼女は少し前まで、とても憎らしい白豚の下で働いていた。
笑うととても愛らしい様な、それでいて働く姿はとても凛としていて、気づけば目を惹かれる様な、私にとっては唯一無二の存在だった。

「ねえ、鬼灯は普段どんな事をしてるの?」

別に、この呼称を使われたのは彼女が初めてな訳ではない。昔からの馴染みである烏頭さんや蓬さんには普段から呼ばれているし、彼女は部下でもないし大した問題ではないが、女性にそう呼ばれたのは初めてで何故だか落ち着かない様な、そんな気持ちが芽生えた。


「鬼灯、私転生する事にしたの」

これもまたいつだったか、遠い昔の様な定かではない記憶が薄れる程前に彼女は幸せそうに笑った。
そんな彼女に、ただただおめでとう等と味気ない言葉しか投げる事が出来なかった。
転生してもたかだか何十年。私の様に何千年と生きる鬼からすればあっという間の時間だが、何故だかそのたかだか何十年がとてつもなく長く感じられ、いたたまれない毎日が続いていた。
視察などという名目で、何度彼女に会いに行っただろうか。それでも、こちらでの記憶がない彼女が私を認識する事は愚か、名前など呼んでくれるはずもない。

そっと、浄玻璃鏡に映り込む彼女の姿を指でなぞる。

「なまえさん、早く、帰ってきてください」

らしくない等、百も承知。
それ程までに彼女を欲し、名前を呼んで欲しかった。
そしてもう一度、彼女に名前を呼ばれたならば、桃源郷で会っていた時は、なかなか言い出せずにいた感情を素直に吐き出したい。
そんな覚悟を決めて、彼女が帰ってくる事になった時は誰よりも早く、自らが出迎えると心に誓った。





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