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「加々知さんが好きです」

きっと、今まで生きてきた中で1番勇気を振り絞って出した言葉だと言っても過言ではない。そしてそれが発せられた相手は、とても顔立ちが良いながら、表情があまり(全くと言った方が正解だろうか)豊かではない。しかし、内面からは優しさが染みて出ている様な、そんな人だ。


「…すみません」


だが、私の恋は一瞬にして砕け散った。

「あ…。そ、そうですよね。私なんかが加々知さんに相応しい訳ないですよね…」

少し、加々知さんの今までの態度を見て期待していた自分が恥ずかしいという様に先程よりも顔を熱くさせ思わず俯いてしまう。

「いえ、違うんです。…本来ならば、"現世"にいるなまえさんにお話するべきではないのですが…」
「…?現世?」

すると、加々知さんが何故か弁解を図るように自身の返答に否定する。そして、まるで加々知さんが"この世"の人間ではない様な、そんな言葉を耳にした。

「…私は、地獄に生きる"鬼"なんです」




からかわれたのだろうか。
あれから加々知さんと別れ、家路に着いた私はぼうっと机に向かい呆けていた。(…加々知さんが地獄にいる?鬼…?)まるで信じられない話だが、加々知さんがそんな大それた嘘をつく様な人ではない事は、好きになった私が知っている。だから、人間である私と恋仲にはなれないのだと。

なんて、不遇な、恋なのだ。

「…なら、私が、地獄に行けば…」

どうしようもない事なのか、と思うと同時に咄嗟にある考えが頭を過ぎり、ぽつりと呟いた。そうだ。加々知さんが、この世の人間でないのであれば、私もこの世から、地獄へ行けばいい。

さて。
どうすれば地獄に行けるだろうか。事情があるとは言え、失恋した私は切り替える様に加々知さんとずっと一緒にいれる事を望み、地獄へ行く方法を考えていた。まあ考えると言っても答えは一つだ。

「何か、犯罪的な事をして死ねば…」

私の単純な頭で、地獄に行く方法としての悪行を思い浮かべてみる。(泥棒、虐待、詐欺…殺人)色々と思い浮かべるそれは、度胸のない私には決して簡単に出来るものでは無い。だが、出来なければ加々知さんとは恐らくもう会えない。(この世に来るのは100年に幾度か…暫くは来ないって言ってたからきっともう…)また、加々知さんの事を考えると胸が苦しくなる。それと同時に先程の悪行への意欲が高まったのは何とも複雑な心境だった。

「…やるしか、ない」





「おい、さっさと歩け」
「ったく、後がつかえてるってのに…」

歩く気力もなくずるずると引きずられ、大きな扉に差し掛かる。私は重たい瞼を開き、それを視界にいれると私の中で期待が生まれる。(今度こそ…地獄?)これまで幾つかの場所へと連れて来られ、裁判の様なものが繰り広げられていたが私には理解しがたいものだった。地獄にたどり着くまでに幾度となく裁判が続くのか。(こんなの、必要ない…。私は早く、加々知さんに会いたいのに…)


「はい、次の方!」


「……!!」

すると扉の向こうで、何故か聞きなれた様な、懐かしい声が聞こえた。その瞬間、私に生気が戻った様に体の中で何かが漲った。だが、死んでしまった体に慣れず、1人では歩けない私を両脇にいる鬼の様な角を生やした男達が私を抱え、足早に扉の向こうへと歩き出した。


「さて…この亡者の罪は虐殺に詐欺…」

扉の中で待ち構えていたのは、正面に座る大きな体の鬼、恐らく地獄といえばという程に名の知れた閻魔であろう。そして、その隣で私の罪状を読み上げるのは、ずっと会いたかった、加々知さんがいた。

「…加々知、さん…!」

ずっと、この時を待ち侘びていた。ふらふら、と両脇の鬼たちからすり抜け、加々知さんであろう一本角の生えた鬼へ歩み寄る。加々知さんは今まで見てきた無表情を更に顰めさせ、私をじっと見遣った。

「…!なまえさん…?」
「え?鬼灯くん、この亡者の事知ってるの?」
「…ええ」

そして、私に気付いた加々知さんが声を漏らすと正面にいた閻魔が加々知さん(此処では、鬼灯さんって名前なんだ…)へ声を掛けた。

「加々知さん…私、貴方のことをどうしても諦める事が出来ませんでした…」
「…それって、もしかして鬼灯くんに会うために此処に来たって事…?」
「はい。私は、地獄で、加々知さんと一緒に…」


ドゴォッ!!


私が言葉を言い切る前に視界の横寸前を、何かが通り過ぎた。それを見遣れば、加々知さんが手にしていた金棒だと認識する。

「…加々知さん…?」
「…どうして、こんな愚かな事を」
「…だ、だって加々知さんが地獄にいると聞き、私も地獄に行く事が出来れば、私は…!」

下を向き、表情が見えない加々知さんに訴える様な気持ちをぶつけた。だが、次に見えた加々知さんの表情はいつも見せていた無表情とは変わらない様に見えたが、何故か、どこか悲しげに思えた。(…どうして?)だが、次の瞬間にはそんな感情も消えた様に毅然としたオーラを纏い、加々知さんは口を開いた。

「閻魔大王、この亡者への判決を」
「!か、加々知さん…!?」
「え、いいの?鬼灯くん…」
「構いません。この者を処すべき所へ導くのが我々の仕事です」
「そんな…私はただ、加々知さんと…」

私は更に加々知さんへ近づこうと歩みを進めたが、それをすぐさま鬼たちが制止する。未だフラつく足が縺れ、地面へと膝をつくと見下ろす様に加々知さんは私を見つめた。


「まさか、貴女がそんなにも浅はかで愚かだとは思いませんでした。しっかりと罪を償い、二度と私の前に現れないで下さい」


「……!」

今まで生きてきた中で、いや…生涯を終えて初めて、絶望を味わった。私を見つめる加々知さんは、もう"現世"で私と話していた加々知さんとは思えない様な、殺伐とした雰囲気を漂わせていた。(何故、どうして…どこで、間違えたの…)私は、加々知さんを見る事が出来ずただただ地面へと顔を伏せ、己が犯した罪を悔やむ他なかった。



加々知(鬼灯)に会いたかった彼女の終末



「…ねえ、鬼灯くんがずっと浄波留鏡を覗いてたのって」
「…彼女が、生涯を真っ当に生きて、此方に来る事を楽しみにしていたんですがね…」



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