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あの子はいつも悲しそうな瞳をしていた。そんなあの子に僕はどこか惹かれていた。ある日、僕が実を連れて家まで帰ると家の前にはあの子がしゃがみこんでいて僕を待っていた。

「なまえさん、何してるの」
「…拓也くん、おかえり」

いつもの悲しそうな瞳はいつもよりも悲しそうだった。実はいつものようにニコニコと何も分からずに笑っている。なまえさんはそんな実に手招きをして腕の中へとおさめた。

「実くん。私と一緒に遠いところに行こうか」
「あう?」
「!?どういう事ですか、それ」
「もちろん、拓也くんも」
「行きません。実だって」
「…そう言うと思った」

笑っているのに、悲しそうな瞳。その瞳に僕は吸い込まれてしまうんじゃないかってくらいに引き込まれてしまう。僕は少し警戒して実をなまえさんから呼び戻す。なまえさんは止める事なく僕へと歩き出す実を見つめた。

「…どうして変なこと」
「…からかってみたの。拓也くん、怒るかなあって。案の定だね」
「!」

一体、何をしにきたんだ。そう思っているとなまえさんは立ち上がりもう一度笑った。変わらぬ悲しそうな瞳。だけど、子供の僕にはその瞳が何を物語っているかなんててんでわからない。僕はただただ、実を守るだけ。

「…明日は晴れるといいね」
「え…」
「じゃあね、拓也くん、実くん」

ぼうっと立ち尽くす僕と実を他所になまえさんは歩き出す。一体、何をしにきたんだ。僕はもう一度考えたが答えは出なかった。ただ、最後に言ったなまえさんの言葉は天気を指しているようではない。それだけは理解出来た。

醜いね、君も僕も

それでも、実は笑った。




120611
赤僕にて榎木拓也



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