季を巡る | ナノ



今年もまた、夏が訪れた。

夏のカラッとした晴天は気持ちが良いものではあるが、こうも暑いと限界を迎える。昼過ぎになっても未だ日はてらてらと店先を照らし蒸されている様な感覚を覚える。

「あつーい…」
「だからって少しだらけ過ぎじゃないか」

暑さにすっかりやられてしまっている私は、店の机に突っ伏しながら氷菓子を頬張っていれば、向かいに座っていた利吉がすっかり慣れた具合で呆れた表情を浮かべて、だらけきっている私に先の言葉を発した。

「そうよ、なまえ。あんたももう良い年頃なんだから、シャキッとしなさいな」
「暑いんだもーん…」

それに追い討ちをかける様な母の言葉にも、屈しないと言わんばかりに弱々しく言葉を返す。

「そんなに暑いなら近くの川で涼んできたら?」

そんな私にため息混じりに言った母の言葉に、私はその手があったか、と勢いよく立ち上がると利吉を引き連れて川へと向かった。





「はー…涼しい」

ちゃぷ、と小袖の裾を捲し上げ、素足を川へと沈ませれば、冷たい水が暑くなった体をじわじわと冷ます。気持ちの良い冷たさで幸福感に包まれていれば、川辺に座り込む利吉がそれを微笑ましそうに眺めて笑っていた。

「此処はやはり少し気温が低くて涼しいな」
「ね、利吉もこっちおいでよ。もっと涼しいよ」
「此処にいるだけでも十分涼しいし私は遠慮するよ」
「そんな事言わずさ…きゃっ」

首を横に振る利吉に食い下がり岸に近づいた時、底の石に足を滑らせて体制が崩れてしまう。

「!なまえ!」

そんな私に利吉は咄嗟に立ち上がると、素早い動きで今にも倒れそうな私の腕を掴んだ。

「あ、ありがと。助かっ…」
「!」


だが、時すでに遅し。


利吉が腕を掴み助かったと思ったのも束の間に、私の体はそのまま川へと倒れていき、不安定な場所で支えていた利吉さえをも巻き込み盛大に川の中へと倒れ込んでいってしまった。


バシャーンッ!


「ぷはっ、り、利吉ごめっ……!」
「いや、こっちこそ上手く支えてやれなくてすまない!どこか打ったりしていないっ……か…」


幸いにも浅い川だった事と、背中に回された利吉の腕がクッションになってくれた為、大した怪我や溺れる事もなく倒れ込んだ際に激しく水飛沫が上がりずぶ濡れになってしまった程度で済んだ。

だが、一緒に倒れ込んだ利吉の顔が、鼻先が触れるほどの距離にある事を認識すると、私は思わず言葉を失った。同じく利吉も、言葉を発しながら私の無事を確認するや否や、はた、と動きを止めた。


「「……」」


ぴちょん。


突然の事に、暫く動けず見つめ合う様な私達の間に、利吉の髪から滴り落ちた水音だけがやけに鼓膜に響く。

時が止まった様に、動けない。
そんな中、私の鼓動だけは大きく鳴り響いている様な気がして、利吉に聞こえているんではないかと不安になる。

「…あ、…そのっす、すまない!」

だがそれは感覚的なものだったのだろう、ハッと我に返り状況を呑み込んだ利吉は急いで私の上から起き上がると、私の腕を再びしっかり掴むと立ち上がらせた。

「け、怪我はないか…?」
「う、うん!だい、じょうぶ。…ご、ごめんなさい、ちょっと騒ぎすぎちゃった…。利吉も腕とか、怪我は無い…?」

未だバクバクと鳴り止まない鼓動を必死に落ち着かせながら、私は起き上がり利吉に返答すると、動揺する自分を誤魔化す様に会話を繰り出した。

「いや…、君が無事なら、よかった。…私も、無事だから気にしなくて、いい」
「そ、そっか。なら良かった…」
「ああ…」
「……」
「……」

だが、利吉も動揺していたのか、いつもの呆れた様な返しをする事もなく、少し辿々しく返答をすると、それ以上の言葉を繰り出す事もなく、ほんの少し沈黙が流れ、気まずさが私達を包み込む。

「っくしゅん、」

と、その時。
ずぶ濡れになり、日が傾いてきた頃の風が少し肌寒く感じて、ふいにくしゃみを漏らせば、利吉がハッと口を開く。

「怪我は無かったが、このままだと風邪を引きそうだな。帰ろうか」
「う、うん。そうだね」


そうして私達は、少しの気まずさを残しながらも家路へと向かった。



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