十四の春。
いつか皆で花見に行こうと約束したのが私が十の頃。しかし、お忙しい利吉のおじ様のお休みが中々合わず、ここ数年揃って出向く事が叶わずにいたが、それが漸く叶った。みょうじ家と山田家総出の花見は初めてである。去年の年暮や事ある行事で揃う事も多々あったが、それでも、母親と父親が揃う場面ではその度に利吉は嬉しそうだ。
「利吉、今年はおじ様が来れて良かったね」
そんな利吉を見ていると私まで嬉しい。そんな気持ちでこっそりと利吉に耳打ちすれば、利吉は少し照れ臭そうに「…まあ」と肯定を返した。
「…それより、」
だがすぐに、利吉は私をジト目で見遣るものだから、何事だろうかと、キョトンとした顔で首を傾げた。
「君はもう少し花を見たらどうだ。さっきから団子ばかりばくばくばくばくと」
「!ちゃんと花だって見てるわよ!…ちょっと美味しいから食べ過ぎちゃってるけど」
「…まったく」
呆れた様な表情でため息をついた利吉にムッとなる反面、確かに手と口を止める事なく食べ進めていた事に自覚があり、今しがた口に運ぼうとしていた団子を見つめて思い止まった。成長期なのだろうか、ここ最近は何かと食べている気がする。(心なしか、体も重くなった気がするし…やばい、かも?)
「……」
これ以上食べたら、ブクブクと太ってしまうかも知れない。それは嫌だ。でも、父上特製の団子は美味しくて、こんなに沢山食べられる機会は中々無い。でも、やはり太るのも、嫌だ。(利吉にも、今より馬鹿にされるだろうし…)グルグルと考えが頭一杯に膨れ上がると、シュンとしてしまう。(…だめだめ、落ち込んじゃ。折角のお花見なんだし…そうだ、桜でも見よう。そもそも今日の主役は桜なんだし…ああ、でも)意識を桜に移そうと、頭上で満開に咲き誇る桜を見上げてみたものの、綺麗な桜より、やはり団子が脳裏を過ぎる。
「…別に、食べるなとは、言ってないだろ」
すると、考えていた事に気付いたのか、利吉がぼそ、と呟いた。
「…だって、利吉の言う通り、最近よく食べてたし、このままじゃ…太っちゃう」
悪く思ったのだろう。初めはムッとしてしまったが、利吉が悪い訳ではない事は分かっている。利吉が最近やたら指摘するのも、それ程に私の食べている姿が目に付くからで、事実だからである。すると、利吉は私の持っていた団子を取り上げたかと思えば、ずいっと目の前に差し出してきた。
「ん」
「な、何よ…ゆ、誘惑になんか、負けないんだから…!」
「食べたかったら、食べればいいんだ。…なまえの、食べてる時の幸せそうな顔見てると、見てるこっちまで幸せな気持ちになるというか、…いや!その何というか…」
一瞬、意地悪されてるのかと思えば、ふいにもごもごと口籠る様な小さな声で利吉がそう言うものだから、思わず顔が熱くなる。きっと落ち込んだ私に何気なく掛けた言葉なのだろうが、何だか、恥ずかしい。
「ほ、ほらその、」
すると利吉もだんだん自分で言った言葉に恥ずかしくなったのか、誤魔化す様に言葉を続けた。
「君の団子を食べた時のふよふよした頬が気持ちよさそうで…(ハッ」
だが、その言葉は地雷である。
「…やっぱり、太ってるんだ……」
「いっいや!そーじゃなくてだな!…あーっ、私が一緒にダイエットに付き合ってやるから!ほら!今は好きなだけ食べればいい!」
再び落ち込んでしまえば、利吉はフォローしようと必死に言葉を探す。だが、それも見つからなかったのか頭を掻くと、半ば投げやりの様にそう言葉を発して、再び私に団子を差し出した。そんな利吉に、何故そんなにも必死に団子を食べさせようとしているのかなんて考えてはみたものの、結局は目の前の美味しそうな団子に思考を奪われ、私は団子にぱくりと齧り付いた。
「〜〜っ」
「美味しいか?」
「おいひい…幸せ…」
「…ははっ」
口内に広がる甘い味に、やはり止められない、と幸せを噛み締めて団子を食す。そんな幸せそうな私を見て、利吉もつられて笑っていた。
(幸せって伝染するのね)
「けど、ちゃんと花も見ろよ」
「わかってるわかってる」
「……(分かってないなこれは)」
利吉にそう言われるも、やはり美味しい物に勝る物はない。桜は綺麗だ。だが、さりとて花より団子。
「ほら、口にタレが付いてるぞ」
「え?」
再びぱくぱくと団子を食べ続けていれば、ふいに利吉にそう言われ、タレを拭ってみるも、そこじゃない、と利吉に言われて無造作に手を動かす。だが、上手く拭えていなかった様で、もどかしくなった利吉がぐ、と私の顎を掴んだ。
「ここだよ、ここ」
「!」
顎を掴んだ手が、利吉の方へと顔を向けると、もう片方の手を添えて私の口についたタレを指で拭った。続け様に、タレの付いた指をぺろ、と舐めると「あま、」と声を漏らしたのを見て、私の顔の熱は一気に上昇した。
「こんな甘いの、よく沢山食べれるな」
「な、な…(なめ、舐めた…)」
「ん?」
だが、利吉は何も気にしていない様で、キョトンとした顔をするものだから、一人焦っている私が馬鹿みたいだと考えれば「な、何でもない!」と冷静を装うフリをして再び団子を口にした。
(私の中で、何かがぽつりと芽を出した気がした)