季を巡る | ナノ



十二の秋。

夏は終わりなのだと知らせた涼しい秋風にすっかり慣れた十月頃。いつもの様に店に訪れた利吉の表情は何とも分かりやすく、膨れっ面であった。

「利吉、」
「こんにちは」

店の引き戸が開かれ振り返ると、見慣れた利吉の顔を見るや否や不機嫌な事に気がつく。またそれと同時に、隣に立つスラっとした長身の男性から優しい声音が放たれ、利吉からすぐさま目線をあげた。

「あ、えっと、…利吉のお知り合い?」
「…まあ」

声音からも不機嫌な利吉の返答に、気遣った様な苦笑いを浮かべる男性。そんな二人に母も気が付くと「立ち話もなんだから座って下さいな」と奥にある席へと促した。



「へえ、じゃあ伝蔵さんに助けられて少しの間お世話になっているのね」
「はい。ですから今日も利吉くんとお使いに、」
「馴れ馴れしく呼ばないで下さい」
「…まあ、この通り嫌われてる様なんですが」

あれから、利吉と共に訪れた男性、もとい、土井半助さんは山田家との出会いの経緯を話してくれた。

「……」

それにしても、なんて整った顔立ちだろうか。そんな事を思いながら私は半助さんの話を聞きつつも、ついつい、ぼうっと見惚れてしまっていた。

「おい」
「…なによ、利吉」

すると、隣に座っていた利吉から、正面で盛り上がる半助さんと母に聞こえない程の小声でふいに話しかけられ、ハッと我に返り隣へと目を遣った。

「なに、じっと見てるんだよ」
「え、綺麗な顔だなあって」
「…ふーん。なまえはああいう顔が好きなのか」
「別に誰もそんな事言ってないじゃない」
「だって見惚れてただろ」
「そりゃ誰だって、あんな格好良い人目の前にいたら見ちゃうでしょ」
「はいはい、仰る通りで」

そっちから話しかけてきた癖に、終始不機嫌な利吉はふいと目を逸らし話を終わらせる。一体何なのだ。

「…利吉」
「なんだよ」

そんな利吉に今度は私から話しかける。すると利吉は不機嫌ながらにも、返答をくれる。


「やきもち妬いてるの?」
「っは!?…!」


目を逸らしたまま話を待つ利吉にそう問えば、利吉は勢いよくこちらへ振り向き、目を見開かせて今度は店中に響き渡る様な大声を発した。

「ど、どうしたの利吉くん?大声なんか出して…」
「あ、いえ…!何でも、無いです…」
「そう…?なら良いんだけど…」

そんな利吉に、当然ながら母と半助さんも驚いた表情で見ていたが、利吉が何でもないと答えると、母はそれ以上の追求をする事もなく、話の続きをと、半助さんへと向き直り再び話し始めた。

「…おい、こら」

それを見てホッと安堵すると利吉は再び私へと振り向き、怒気を含めた小声を発した。

「何、突拍子も無い事を言うんだ!」
「だって、私が半助さんの事見てたら怒ったじゃない」
「別に、あれはそういう意味で言ったんじゃ…!」
「安心してよ。別に半助さんの事格好良い顔立ちだと思って見てただけで好きだとかそういうんじゃないんだから」
「だからっ別に誰もそんな事…!」
「それに」
「…それに?」

弁明を図ろうと必死に返す利吉に、私はお構いなく言葉を続けた。


「私は利吉も格好良いって思ってるよ?」


「!…な、」

意地悪そうに笑ってそう言うと、利吉は再び目を見開き、徐々に顔を真っ赤にさせ言葉を失った。
そして、それからすぐにバッと席から立ち上がると半助さんに向かって叫ぶ様に口を開いた。

「っち、父上と母上を待たせてるのでさっさと帰りましょう!」
「え?あ、ああ…そうだね。すみません、すっかり長居してしまって…」
「あら!いいのよ、気にしないで頂戴。久々にこんなハンサムと話せておばさん嬉しかったわ。あ、今頼まれていた物持ってくるわね」
「…先に外で待ってます」

二人のやり取りを見ていた利吉は、半助さんに素っ気なくそう言うと、そそくさと店の外へと向かっていった。


「あの」
「え?」

私は利吉が出て行ったのを確認すると、こっそりと半助さんへと話しかけた。

「利吉って、素っ気ないけど本当はとっても良い子なんです。だから、どうか仲良くしてやって下さいね」
「…そうだろうね。私も出来ればそうしたいんだけど、どうすればいいのやら」
「これ、利吉が好きな栗羊羹。後で半助さんから渡して下さい」
「え、いやでもこれ売り物じゃ…」
「私が利吉と一緒に食べようと思ってとっておいたやつなんで、気にしないで下さい。あ、良かったら半助さんも一緒に仲良く召し上がって下さい」
「…ありがとう。でも、仲良くなれるかな」
「ふふ、大丈夫ですよ。利吉ってば、結構現金な奴なんで」
「ははっ、そうなんだね。じゃあ頑張るよ。ありがとう、なまえちゃん」

そう言って優しく笑うと、半助さんは母からお使いの品を受け取り、店を後にした。



それから暫くして、再びお使いにやってきた半助さんに、以前よりも心を開いている素振りで話しかける利吉を見て、私はこっそり半助さんにピースサインを送った。



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