鉢屋の変装★プロジェクト | ナノ


「もーんじ!」

ヒョッコリと会計室に顔を覗かせた名前は何だかいつもよりえらくご機嫌な気がした。一瞬違和感を感じたが、別に今までにこういう姿が無かった訳では無いし、何より3徹目で思考が止まり始めている俺にニコニコとはにかむ姿に心臓を掴まれた気がする。

「な、何だ突然…」
「もんじが委員会活動で大変だろうなって思っておにぎり作ってきたの。お疲れ様、少し休憩しなよ」
「あ、ああ。すまんな」

女性らしい動作で部屋に入り、抱えていた包みを文机で広げると恐らく名前が握ったであろう小ぶりのお握りと、お茶を差し出された。名前が俺のために、

「…いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」

優しさにじんわりと心温まる様な感覚を覚えながら手を併せておにぎりを口へと放り込んだ。ああ、美味い。


「珍しいな、」
「え?」
「…名前が、俺に作るなんざ初めてじゃねえか?」
「(ドキッ)…そりゃあ、愛しい愛しいもんじが委員会活動と鍛錬で徹夜して目の下にそんなこわーい隈を作っていれば、労いたくもなるわよ」
「…名前」
「…へ、あ!?」


ドサッ


愛しい。

その単語がやけに俺の脳髄へと入り込み深く刻まれる。刹那、俺の中でプツリとなにかが切れた様な音がすると、隣にいた名前を床へと押し倒し、じっと見つめる。

「も、もんじ…何して……!」
「名前。俺もお前を愛してる」
「(ゾワゾワ〜ッ)ひっ…!も、もん…しっ潮江先輩!実は、そのっ…!」
「名前、目閉じろ」
「わーっ待って待って!!」

何だ急に、よそよそしくなりやがって。そんな事を思いながらも最早思考が回らない今、俺に敷かれて顔を仄かに赤らめる名前に惹きつけられて正気では無かった。顎を持ち上げて、顔を近付けて――



「はーい、ストップ」

ゴンッ!!

「い゛っ…!?」



不意に頭に鈍い痛みが走った。

「なっ何しやが……!?は、…?名前…?」

一体何処のどいつだ、とキッと睨みながら振り返れば、思わず目を見張った。そこには、今しがた俺が床へと組み敷いた名前が、俺の特注の十キロ算盤を持ち呆れた表情でこちらを見ているでは無いか。

「…は、え?何で名前が二人…」

回転しない頭を必死に動かし、床に倒れ込み青ざめ涙ぐむ名前(可愛い)と背後でジト目で俺を見遣る名前(何だかんだ可愛い)を交互に見遣ると、背後にいた名前が小さく溜息を吐き床に倒れ込んでいた名前へと視線を向けた。

「三郎。これに懲りたら無断で私に変装しない事ね?」
「はい…すみません」


「…?さぶ…、…!!」



ああ、なるほど。
そういう、事か…。



先輩の見たくなかった一面



(三郎…!お前、今日の事は誰にも言うんじゃねえぞ…)
(わ、わかってますよ……!(私だってあんな、名前先輩を見る甘ったるい表情と声の潮江先輩なんて思い出したくない…!うっ思い出しただけで鳥肌が……))


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