Merry Christmas!! 2018 | ナノ


「その書類で今日は終わりにしましょう」

左隣から降り注いだ声に、ズキッと胸が痛んだ。

「わかりました」

それでも、仕事中なのだと自分を叱咤すると鬼灯様へと微笑みかけた。上手く笑えてるだろうか。


【仕事の鬼】

その名を知らない者は果たしてこの閻魔庁…いや、各庁にいるのだろうか。そんな、誰もが知る裏ボスと恐れられた私の直属の上司である鬼灯様が、今宵珍しくも、仕事を早めに切り上げようとしているのだ。

理由は明確であった。

「…この後は、お香さんとお出掛けに?」
「ええ。ここの所休日が被らないものでしたら、ご機嫌取りも兼ねて」
「…そうですか」

つくづく私って馬鹿だなって思う。わざわざ、心が抉れるような事を聞く必要など無いのに。


獄卒になった時から、ずっと鬼灯様に恋い焦がれていた。もう何百年になるか分からない。だが、そんな鬼灯様には私と出会うずっと以前から、お香さんがいた。幼い頃からずっと一緒だというお香さんに私が敵う筈も無い癖に、同じ職場で仕事をして密かに想う事くらいは許されるだろう、と虚しい気持ちをいつまでも抱き続けている私は大馬鹿者だ。

「なまえさんは、今日は何かご予定は?」
「…鬼灯様ったら、相変わらず辛辣ですね。私に相手がいない事などご存知の癖に」
「いえ、茄子さんや唐瓜さんが今日は閻魔庁でクリスマスパーティーを開くと言って色々な方にお声掛けしていたので、なまえさんも参加するのかと思いまして」
「あー、確かに誘われましたけど、正直まだ迷ってまして」
「そうですか」
「まあ、多分参加するでしょうけど」
「是非オススメしますよ。きっと、楽しいでしょうから」

出来れば、余り行きたくないのが本音であった。傷心していた心を、一人静かに落ち着かせたい。それはそれで寂しい女だな、なんて思うだけども。


「では、お先に失礼しますね」
「はい。楽しいクリスマスをお過ごし下さい」
「なまえさんも」

漸く仕事を負えて帰り支度を済ませた鬼灯様が法廷を後にする様に足を進める。そんな背中を私は無意識に追っていれば、不意にくるりと反転した鬼灯様が私へと歩み寄ってきた。

「ほ、鬼灯様?如何なさったんですか?」
「なまえさんに渡そうとしていたのを、すっかり忘れていました」
「え…?」

そう言って、懐から取り出し差し出された包みに思わず声が漏れた。ドキッと胸が鳴り、鼓動が速くなるのを感じながらも恐る恐るそれを受け取ると、中には可愛らしいサンタ帽を被る金魚草の置物があった。

「…これ、私に、ですか?」
「ええ。常日頃頑張って頂いてるほんのお礼です」
「…ありがとう、ございます」
「いえ、それでは。メリークリスマス」

いつもの単調な口振りでそう言うと、鬼灯様は今度こそ法廷の扉を開き、その場から立ち去っていった。まさか私に、鬼灯様がクリスマスプレゼントを用意していてくれたなんて。

「…メリークリスマス、鬼灯様」

金魚草の置物を見つめて、そう呟けば自然と頬が綻んだ気がした。



(恋い焦がれるだけなら、罪ではありませんよね)

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