Merry Christmas!! 2018 | ナノ


「小平太ー起きてるー?」
「…んー」
「…ちょっと、またこんなに散らかして、」


合鍵で小平太の家のドアを開けて玄関から声を掛ければ、部屋から寝惚けた様な返事が聞こえてきて、部屋へと続く廊下を歩いていけば、目の前には溜息を吐きたくなる光景が視界に広がる。小平太も、返事をしたものの、ベッドの布団に包まり、起きてくる様子が見られないと分かれば、漸く溜息は体の中から吐き出された。

「小平太、起きて!もうお昼過ぎだよ!」
「んー…あと5分…」
「駄目!そうやって許したらあと30分は起きない癖に!さっさと起きなさい!」
「っ寒い!鬼!けち!」
「何とでも言いなさい」

続け様に、ずるずると夢見心地に引き摺られる小平太に容赦なく厳しい言葉を吐き出し包まっていた布団を剥がし取ると、冬の寒気に体を縮こませてパチリと小平太が目を開けた。布団をベッドから離れた場所へ無造作に放り投げれば、ぶすりと顔を歪ませた小平太は反抗的にも布団を面倒臭そうに取りに体を起こしたのを確認すれば、もう二度寝をする事は無いだろうと、長い間を過ごしてきた私は悟ると、台所へと足を進ませた。

「今日は何作ってくれるんだ?」
「ミートスパゲティ」
「なんだ、いつも通りか」
「何よ?なんか文句ある?」

台所に向かうや否や、シンクに溜まっていた食器にげんなりとしつつ、小平太の家に行けばこれが平常通りなのだと認識している私の頭はすぐさま洗い物をするべく、蛇口を捻る手を動かした。

「今日はクリスマスだろう。もっと豪華なメニューがいい」
「……あのね」

小平太が使ってそのままであった食器をスポンジで擦りながら、私は呆れた様に口を開く。

「作る訳ないでしょう?」
「えー。ローストビーフとか、チキンとかは?」
「ありません」

そもそも、とっくの昔に別れてる元カノが何故あんたの為にそんな事をしなければいけないんだ。発した言葉に続けて心中でそう呟けば、まずこの現状もどうかと思うけど、と洗い物をする己に思わず鼻を小さく鳴らして笑った。

大学一回生の頃に、小平太と付き合い、それなりに楽しく過ごしていたと私は思っていたのに、ある日突然小平太から別れを告げられた。「なんか違うかった」なんて言われて特に理由も無く、突拍子もない言葉だった。勿論、納得出来る筈は無かったが、愛情がない人間を説得出来る程の力量も饒舌も無く、私はその場で頷く事しか出来ずに、家に帰っては枕を濡らし一晩中泣き過ごした。そうして、小平太とは何の関係も無くなったというのに、それから暫くして「部屋が汚くて手に負えないから、今週末掃除を手伝ってくれ」と、何とも理解不能の無神経な事を頼まれ、手伝う義理など当然無かったのだが、小平太に対して未練を抱えていた私は、よりを戻したい一心でそれを受け入れてしまい、度々小平太の世話焼きに徹した。

それから二年、今でもそれは続いていた。だが、二年経っても元カレ元カノという関係が変わらなかった事に、私はもう、小平太とよりを戻せると言う希望などとうに捨てていた。長い年月で心が麻痺してしまったのか、自分の中の小平太への愛情も未だ存在しているのかどうか分からなくなり、小平太が好きで世話を焼きに来ている、と言うよりも面倒を見てやらなければ、という最早母性に近い感情で動いていた。


「なまえー膝枕ー」
「掃除終わってからね」
「今!今がいい!」
「…はいはい(子供か)」

昼食を食べ終えて後片付けをしていれば、ベッドで寝転ぶ小平太に駄々を捏ねられて、諦める様に洗い物を中断してベッドへと向かう。私って、つくづく小平太に甘いなあ。それが、きっと今まで都合良く扱われてきた理由なのだろうと思えば、自嘲的に笑いが溢れてしまう。ベッドに腰掛けて小平太が膝に頭を乗せてくると、線の太い髪の毛が膝にちくちく刺さる感触に擽ったい。払う様に髪を撫でれば、小平太が気持ち良さそうに笑う素振りを見せてきて、その顔が昔から好きだったなあ、と思う反面、いつまでこんな事してるんだろう、と考え始めてしまう。

「…ねえ、小平太」
「なんだ?」
「…そろそろさ、小平太に世話焼くの、やめるね」
「…何故だ」
「何故って。そもそも小平太と別れてる今、こうやって部屋に居ること自体おかしいじゃない」
「別に今更気にする事ないだろう」
「小平太が気にしなくたって私が気にするの」
「……」
「…小平太?」

不意に黙り込んだ小平太の顔を上から覗き込めば、何処と無く不機嫌そうな表情が見える。何故、不機嫌になるんだ。…ああ、都合のいい女が居なくなるのが、つまらないのだろうか。

「…小平太なら、すぐに可愛い彼女が出来て私みたいに世話を焼いてくれるだろうから大丈夫よ。私と別れてから色んな可愛い女の子と遊んでたじゃない。だから、私がいなくても――」
「他に好きな奴でも出来たのか?」
「…別に、そういう訳じゃないけど」

機嫌を伺う様に頭を撫でれば、小平太がくるりと顔の向きを変えて私を見上げる。そんな小平太に一瞬戸惑ったが、すぐに言葉を返した。

「私の事、もう好きじゃなくなったのか?」
「…小平太の方が、私の事好きじゃ無くなった癖に、よくそういう事言えるね」

真っ直ぐな瞳で見据えられ、無神経な言葉を吐かれて思わず言い返した。苛立ちは言葉だけに留まらず、じわりじわりと瞳の奥で涙を形成し始める。私の気持ちも知らないで。そんな気持ちが浮上した途端、私は今も小平太が好きなのだと思い知らされれば、悲しい気持ちが更に増す。ああ、もう今すぐこの関係をやめなければ、私はきっと、立ち直れない。



「私はなまえが好きだ」



「…は?」

そんな事を考え、小平太との関係は今日限りにしようと堅く誓うや否や、小平太から思わぬ言葉を聞かされて、唐突に意味が分からなくなって、思わず素っ頓狂な声が飛び出した。

「私はなまえが好きだから、なまえがもう世話を焼いてくれないって言うのは嫌だ」
「…ちょ、ちょっと待ってよ。二年前、小平太が別れようって言ったんじゃない。違うかったって…」
「うん。あの時は確かにそう思ったから、別れを切り出した。けど、少しの間離れて、他の奴といてもそれこそなんか違うって思ったんだ。私はやっぱりなまえが好きなんだって」
「……都合良すぎるよ。どうせまた、よりを戻したらまた、なんか違うって思うんじゃないの」
「それはわからない」
「……」

嬉しいのか、やっぱり都合がいいだけなのか、複雑な感情がもやもやと私の中を彷徨っていれば、小平太が「でも」と言葉を付け足した。

「もう二度となまえを手放したくないって今は思ってるから、今度はきっと大丈夫だ!」
「!」

そして、ニカッと曇りのない笑顔でそう言われれば、結局何の根拠も無いのだから、簡単に信じて縋ってはいけないと思う反面、徐々に鼓動が高鳴るのを感じた。


「なまえ」


そして小平太が腕を伸ばし、私の髪に触れる。その手が、余りにも優しくて、そっと顔を近づけて来る小平太に、もう一度信じてしまいたくなって、私はきっと再び溶けていくのだろう、と感じてしまった。



(クリスマスに、再び甘く結ばれる)

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