似た者同士の喧々劇 | ナノ


「じゃあ行ってくるから、名前は夕食の準備ある程度済ませといてね」
「はーい」


昼食も終わり、ばたばたと慌ただしい食堂もすっかり静けさに包まれた頃、母は今後の食堂のメニューの参考になるご飯を求めて町へと出掛けた。流石は食堂のおばちゃんと皆から親しまれるだけの事はある。こうして自ら新しいメニューの開発や、栄養のあるメニューを考慮しているのだ。私もそんな母を尊敬している。私も一度でいいから母の様な見た目も完璧な料理を作ってみたいと思った事はある。

だが、いくら娘だからと言って、同様の事を出来るかと言われれば、難しい話だった。

「…味は、まあ合格だと思う…」

大きな鍋で煮込まれた煮物を味見すれば、母の足元には及ばないものの、一般家庭には出せる位だ。立花くんも中々だと言っていたし、食べれましたよって他の生徒からも笑って言われた位だ。食べれましたよって、中々に酷な気もするが。

「…問題は」

朝昼晩の食事時には大変混雑する為、小皿等の一品はすぐに用意出来るように予め盛り付けをしておく。その作業を前にして私はうーん、と腕を組み唸った。

先日の潮江文次郎というくそ生意気な老け顔の男を思い出して、眉間に皺を寄せた。それと同時に「犬のエサ」「残飯」と潮江に言われた二言を思い出して益々皺が刻まれる。あの時は、あいつの物言いに腹が立ち暴走したとも言える。その為、今冷静に考えれば、口にしないだけで学園の先生と生徒の気持ちを潮江が代弁したに過ぎないのだ。

「流石に毎日食べる食事が、あんなんじゃあいつは兎も角、皆が可哀想だもんなあ…」

最初の難関だ。味の追求はもう少し後にするにしろ、どうにか見た目だけでも改善しなければ。

「…よし」

もう少し丁寧に盛り付けてみよう、と頭で考えれば短い言葉を吐き出して、小皿を手に取った。




「…何をどう間違ったんだろう……」

あれから暫く盛り付けに専念して、ある程度の数の小皿を消費して、はたと気付けば、あんなにも意識を集中させたというのに、見た目が酷い有様になっている料理に、あれえ?と首を傾げた。


「…お前、どんだけ不器用なんだよ」


「げ!潮江…!」
「げ!とは失礼な奴だな」
「あんたに言われたくないわよ」

小皿と睨めっこしていれば、不意に背後から声が振ってきて驚き様に振り向けば、潮江がカウンターから身を乗り出して私の盛り付けた見るも無残な料理に顔を引き攣らせていた。

「それ…何だ?」
「何って…高野豆腐と椎茸の和え物」
「…何で高野豆腐に椎茸が貫通しているんだ?そういう料理なのか?」
「違うし、知らないわよ。なんかいつの間にか貫通してたんだから」
「と言うか、何故全て縦に敷き詰められてるんだよ!気持ち悪いだろ!」
「だから知らないって!そもそも、目の下の隈がこの前より濃くなって更に気持ち悪いあんたには言われたく無い!」
「何だとっ…いや、落ち着け。…そっちは何だ」

潮江が私の言葉に突っかかろうとしたものの、この前の様な展開が繰り返される予想が出来たのか何とか気持ちを落ち着かせ、もう一つの小皿に盛られた料理を指差した。

「味噌じゃがバター」
「…元々ペースト状の食べ物なのか?」
「そんな訳ないじゃん。固形のじゃがいもに味噌の味付けしてるんだよ」
「それは俺も知っている…だが何故、固形の固の字が見当たらない位に粉々なんだ!」
「…何でだろう」

はあ。

「無意識かよ。救いようの無えガサツさだな」
「あんた…本当に失礼ね」
「事実だろうが」
「く…(むかつくけど言い返せない…!)」

身を乗り出していた潮江は大きな溜息をついて項垂れた。潮江に言われた通り、高野豆腐に椎茸が貫通している事も、味噌じゃがのじゃが芋が本来固形の筈がペースト状になるまで擦り潰れている事もまるで覚えていない。盛り付ける前までは普通だったんだけどなあ…。

「矢張りお前には才能が無え。諦めろ」
「な…!」

暫く項垂れていた潮江は頭を上げて悪態を吐いた。確かに母に比べて才能など皆無かも知れないが、こいつに言われるのは癪だ!とムッとする私を他所に、潮江はズカズカと調理場に足を踏み込ませた。


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