似た者同士の喧々劇 | ナノ


「おい、何だこりゃ!犬のエサかよ!」


あれからぞろぞろと続いて食堂にやってきた生徒達も先生達や乱太郎達同様に、私が食堂のおばちゃんの娘と知って気を遣っているのか、とても母娘とは思えない料理の出来に、顔を引き攣らせながらも黙って盆を手にして各々席へと向かっていく中、遂に不服を漏らした人物によって食堂は一気に静まった。


「ちょっと…あんた、今何て言った?」


聞き捨てならない言葉に私は思わず、眉を顰めてその人物、男を睨んだ。

「おい、何だこりゃ!犬のエサかよ!って言ったんだ」
「ご丁寧に顔や手の動きまで再現してくれてありがとう。…いくら何でも失礼でしょ!!」

正直、私だってこんな見た目が散々な料理を出されれば文句の一つや二つや三つ言いたくなると理解は出来る。自分で言って悲しくなる。だが、犬のエサとは、あまりにも酷すぎる。

「食堂で出すには粗末過ぎる!お前こそ失礼だろ!」

だが、目の前の男も勿論こんな料理を出されて引き下がるつもり等無い様だ。

「盛り直せよ」
「直したところで改善出来ません」
「はあ?」
「ま、まあまあ、落ち着いて潮江くん。色々と事情があるのよ」
「っ食堂のおばちゃん!こいつ一体何なんですか!?」
「ちょっと!初対面のお姉さんに向かってこいつは無いでしょ、こいつは!っ母さん、こいつ一体何なの!?」
「お前も言ってんじゃねえか!…って、今母さんって言ったか!?」
「言ったら何だってのよ!?」
「あーえっと、文次郎文次郎」
「なんだ、伊作」

互いに睨みを利かせていれば、目の前の男…母には潮江と、先程食堂にやってきて善法寺伊作と名乗ってくれたとても優しそうな善法寺くんには文次郎と呼ばれた男が振り返る。すると善法寺くんは潮江文次郎に耳打ちする様に、口に手を当てて小さな声で事情を説明し始めた。

「実はね、かくかくしかじかみたいで…」
「はあ!?食堂のおばちゃんの娘!?それで、おばちゃんが怪我してご飯作れないから、娘のこいつが暫くおばちゃんの代わりだって!?」
「何でその8文字で全て伝わるのさ」
「そうなのよ。ちょっと見た目はあれだけど、食べれない事は無いから、申し訳ないけど暫くは我慢して頂戴な」
「食堂のおばちゃんに言われたら仕方ありませんけど…娘ってのは信じられん。いやありえん。食堂のおばちゃんには失礼だが、娘ともあろう者がこんな雑な盛り付けをして、あろう事か残飯の様に思わせるとは」
「あんたねえ…!さっきから聞いてれば悉く失礼な事言うじゃないの…!」
「本当の事を言ってるまでだ!」

犬のエサの次は残飯か。ピクピクと顳かみが痙攣するのが分かる程に、無性に腹立たしさで一杯だ。


「まあ落ち着け文次郎」

その時、再び潮江文次郎を宥めるように食卓に座り既に定食を平らげ湯呑みを持っていた、善法寺くんと同様に、立花仙蔵と優雅な立ち振る舞いで名乗ってくれた立花くんが言葉を発した。

「確かに、名前さんには失礼だが見た目はかなり酷い。口にする事を躊躇してしまう程だが、味は中々だぞ」
「結構はっきり言うのね、立花くん…」
「ふん、忍者たるもの味の濃淡について文句など言わん。勿論、美味い物には美味いと認める。だが、どうにも食物に対してのこいつの雑把さが気に食わんのだ。どうせ性格もガサツだから仕方ねえんだろうがな」

はっと嫌味ったらしい笑いを零した潮江文次郎に、自ら図星ですと言わんばかりに私は爆発しそうな程の怒りを込み上げると、頭に血を上らせた。

「っ何よこの老け顔野郎!生徒の癖に四十代のおっさんみたいな面して偉そうに!そもそも私はあんたより年上なんだから、敬語くらい使ったらどうなの!」
「何だと!?年上だ何だと言うなら、もう少し寛容な性格持ち直して料理の腕を上げてみろ!そしたら改め直してやる!まあ、無理だろうがな」
「だから何で上から目線なのよ!目の下に不気味な隈作って何?徹夜自慢とかしてたりするの?馬鹿なんじゃない!?」
「んな事する訳ねえだろバカタレ!」
「バカタレって言った方がバカタレなんですー!」
「お前が最初に馬鹿って言ったんだろう!ならお前が馬鹿だ!」
「あんたの方が馬鹿!」
「いいやお前が…!」


「どうやら二人とも馬鹿のようだな」
「と、止めなくていいのかなあ…?」
「放っとけよ。もうすぐ授業始まるし」
「……もそ」
「面白そうだなー、私も混ざっていいか!」
「小平太、お前が混ざると馬鹿が増えるだけだ」
「…もそ」
「伊作、そろそろ行くぞ」
「あ、留三郎。待ってよー」

私達の言い合いをBGMに、食事を済ませた生徒達はそそくさと食堂を後にする。それに気付く事なく、暫く続いた私と潮江文次郎の最早小学生の様な言い合いは、遂に痺れを切らした母の鉄拳によって幕を閉じた。


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