似た者同士の喧々劇 | ナノ


「ちょ、ちょっと待ってよ母さん!」

矢張り、嫌な予感は的中した。

「なあに?何か問題でもあるの?」
「あるに決まってるでしょ!て、手伝いって…」
「利き腕が怪我して使えないんじゃ、料理が出来ないでしょ?ああ、今日は黒古毛般蔵先生が作って下さるみたいだから心配しなくて大丈夫よ」
「そういう事じゃなくて!っていうか、それなら黒古毛先生に手伝ってもらったら…!」
「名前…あなたも黒古毛先生の料理は知ってるでしょ?」
「…そ、それは……」

たまに母のピンチヒッターとして昔から食堂を任されている黒古毛般蔵先生は、忍者食とは名ばかりのゲテモノ料理ばかりを作っている、失礼ながらも変人だ。小さい頃に学園に遊びに来た時に一度食べさせられた事があったが、とても料理としては呼べない。

「調味料を間違えない限り美味しい料理が出来上がらないのよ。そんな状態で毎日手伝ってもらったら、生徒達が可哀想でしょ」
「それは、そうだけど…」

確かに、一日だけならばと我慢出来るそれも、いつまで続くか分からないとなればそれは可哀想だ。だが、私にだって言い分はある。

「けど、私もそこまで料理上手く作れないし…。母さんも知ってるでしょ?」
「ええ、知ってるわ」

食堂のおばちゃんと永らく讃えられた母さんの娘である私は、母さんと違い料理があまり得意では無かった。味は、まあそこそこ食べれる物ではあるが、がさつである故に見栄えが悪い。今まで何度か練習してきたが、一向に成果は得られず今に至るのだ。

「そんなの出せる訳…」
「…いい機会だと思ったのよ。今まであなたの側で教えられなかった分、此処でしっかり教えてあげられるって」
「…母さん」
「学園長にも許可は貰ってあるし、ね?ずっと家で農作業をするより、あなたはまだ若いんだから、前みたいに色々な事に挑戦するべきよ」
「っ……」

そっと手を握った母さんに、その言葉は単純なものでは無いとすぐに理解した私は言葉に詰まった。

二年前から、農作業する事以外に何も手につかなくなってしまっていた。それまでは町に働きに出て、目の前に広がる世界を堪能していたと言うのに、ある時を境に私は家から出なくなったのだ。料理を諦めたのも、丁度その頃。そんな私に見兼ねた父から無理矢理に手伝わされて、今は漸く農作業する日々を送っていた。きっと、母もずっと気に掛けてくれていたのだろう。そんな母の気持ちを無下には出来ない。


「…わかった」

そうして色々と思考を巡らせて、漸く答えを出せば、私は小さく頷いた。



******


翌朝。
まだ早い時間帯であるが、朝ごはんの支度があるからと言われていた為に、眠たいを目を何とか抉じ開けて起床した。

「ふぁああ…」
「こら!女の子がそんな大口見せて欠伸しない!ちゃんと手で押さえなさい」
「んもう…父さんなら笑ってくれるのに」
「これからは私がみっちり料理と女の嗜みを鍛え直してあげるから覚悟しなさい」
「ええー…」

昨日の今日だと言うのに、後悔した。豪快で何事にも笑って済ます大雑把な父とは違い、母は厳しい。帰省した際にも事あるごとに女の嗜みがなっていないとよく怒られたものだ。それがこれから暫く続くんだから、溜まったもんじゃない。わかったなんて言うんじゃなかった。


…だが、そう思ったのも束の間で、皆の起床時間が近づくにつれ、わらわらと食堂に現れた先生達に、昔はよく面倒を見て貰っていたなあなんて思い出すと懐かしくて嬉しくなったり、元気よく挨拶をしてきた下級生達が微笑ましくて、手伝う事になって良かったといつの間にか思えていた。

「へえー名前さんて、食堂のおばちゃんの娘さんなんですか!」
「うん、母さんが怪我しちゃったもんだから、暫くは私が君達のご飯作るんだよ」
「そうなんですね。あ、私猪名寺乱太郎って言います」
「俺はきり丸です」
「僕は福富しんべヱです!」
「乱太郎にきり丸にしんべヱね!皆これからよろしく!」
「「「よろしくお願いしまーす」」」

一年生は早い朝にもへこたれず、なんて元気が良いのだろうか。純真無垢な笑顔を見せられるとこちらまで元気が出てくる。すっかり機嫌が良い私は乱太郎達に指名されたご飯の盛り付けを手早く行い、三人へと手渡した。

「はい!いっぱい食べてね」
「「「ありがとうざいま…―!」」」

…あ、やっぱりびっくりしてる。まあ、そうだよね。さっき先生達の顔も引き攣ってたしね。

「ごめんね、この子あんまり料理が得意じゃないのよ。どうも見た目が酷くてねえ。でもちゃんと食べられるから安心して」

すると後ろで私に料理を監督していた母が三人に向かって苦笑を浮かべた。

「い、いやそんな、美味しそうですよ!」
「そうそう!それに僕たち黒古毛般蔵先生の料理にも慣れてるんで大丈夫です!」
「おいっしんべヱ、フォローになってねえよ!あーいや、えっとその!食べられれば見た目は関係ないっすから!」
「…ありがとうね、少年たち」

ああ、こんな小さな子供にまで気を遣わせてしまった。ちら、と己の出した定食を見れば、父の豪快さを受け継いだ私の性格がそっくりそのまま現れた荒ぶった盛り付けに、溜息が零れた。

上達するんだろうか。


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