「おはよー、父さん…ふあぁ〜」
「おう、名前。まったく、相変わらず品のねえ欠伸だなあ」
朝、いつもの時間に目を覚まし、軽く身支度を済ませて家の外へ出ると、既に農作業をする父に挨拶を交わす。不意に出る大きな欠伸をかませば、がははと大層な大口を開けて笑われた。そんな父にへへ、と恥ずかしげも無く笑いを零すと私も父を手伝うべく倉庫から鍬を取り出し、農作業に取り掛かった。
「郵便でーす」
「ん?おお、ご苦労さん」
暫く作業に励んでいた昼前ごろ、飛脚が訪れてくると、父と私は手渡された手紙へと目を向けた。
「お、母さんからだ」
「どうしたんだろ?こんな時期に手紙なんて」
差出人を見れば、母からであった。母は私が生まれる前から忍術学園という忍者を育てる学校の食堂にて、料理人として働いている。住み込みの為、母が家を空けている事には私もすっかり慣れており、こうして偶に手紙を送ってくれるものだから寂しいと感じた事は無かった。だが、いつも送ってくれる手紙は学園が長期休みになる少し前に帰省するといった内容が書かれていた為に、今までの周期を考えれば今の時期は休みにはまだまだである筈だ。
父と二人して首を傾げながらも、父が手紙の封を開けて中の文に目を通した。
「……」
「何て書いてあったの?」
父が文を読み終え、暫し目を閉じた動作をすると私は口を開いた。
「…名前」
父は再びゆっくりと目を開けると私を見据えて口を開いた。
「母さんが、倒れたそうだ」
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息が止まるかと思った。
だが、あれから父が言葉を続けてくれたお陰で何とか落ち着きを取り戻し、忍術学園への道をただひたすら必死に走っていた。
『今は意識を取り戻して安静にしているみたいだ。名前、お前今から忍術学園に行って母さんに会ってこい』
『え…でも父さんは?』
『俺は農作業を放り出す訳にはいかんからな。心配するな、作業が落ち着いたら俺も向かう』
『…っわかった』
鍬を放り出して、そのままの身なりで駆け出した私は一心不乱だった。母さんまで…母さんまでいなくなってしまったら、と気が気でなかった。
「母さん!」
忍術学園へと訪れ、慌てて中に入ると胸に事務員と書かれた装束を纏ったお兄さんに、入門表のサインと促された為、適当に記すと私は急いで医務室へと向かうと勢いよく戸を開けた。
「あら、名前。早かったわねえ」
医務室には、案の定母がいた。母は腕に包帯を巻いていたが、父から聞いていたような重体さは一切無く、至って健康そうな顔つきで部屋に佇む姿を捉えて、私は思わず間抜けな顔をしてしまった。
「…あれ、母さん倒れて寝込んでるんじゃ…?」
「嫌ねえ、倒れてなんか居ないわよ。ちょっと腕を怪我しただけよ」
「え…じゃあ、あの手紙は…?」
「私が多少尾ひれをつけて、名前に学園に来るように話してって書いたんだけど、お父さんったら相変わらず大袈裟に伝えるんだから」
「…あんのくそ親父……!」
尾ひれをつけるにも限度があるだろう、と怒りが込み上がってくるが、昔から父はそういう人なのだ。今更怒ったってどうしようもないとやり場の無い怒りを鎮めて溜息を吐いた。
「ところで、その怪我どうしたの?」
「ああ、これね、ちょっとうっかり調理場の棚が倒れてきてぶつけちゃったのよ」
「うっかりって……」
「それで、利き腕を怪我しちゃったもんだから、名前を呼んだのよ」
「…どういう事?」
嫌な予感がした。今なら、どうして母が父に尾ひれをつけて私を学園に来るように仕向けたのかが、わかった気がする。
「明日から私の仕事、手伝ってちょうだい」