似た者同士の喧々劇 | ナノ


「何ですかこれは」
「えっ…?」

突如目の前で放たれた声に、心臓をギュッと掴まれた気がして瞬時に肝が冷えた。

忍術学園の一生徒である久々知兵助くん。成績が優秀らしく真面目な彼は、いつも私の料理に悪態を付く事無く、爽やかな笑顔を振り撒いてくれる優しき美少年だ。そんな彼の眉目秀麗な顔が、般若の様な険しい表情を浮かべ、まさに美少年にピッタリだという程の美声から、まさかそんなドスの効いた低い声が出てくるなんて思ってもみなかった。

「く、久々知くん、どうし」
「何故、豆腐がこんな歪な形を…?それに、凝固しすぎている様な…」
「え…あ、実は昨日、一から豆腐を作ってみたの!ちょーっと、形は崩れちゃったんだけどね…」
「…ちょーっと…?」
「あ!!」

あはは、と眉を下げて苦笑いをしたものの、久々知くんの表情は強張った侭である。やだ怖い。すると、先程まで学園長の元へと向かっていた母が食堂へ戻ってくるや否や、血相を変えて大声を張り上げた。

「?母さん、どうしたの」
「あんた…!久々知くんにあのお豆腐出したの…!?」
「?そりゃ皆に出してるに決まってるじゃん」

何を今更、と思ったのだが、そう言えば豆腐を作っている最中に後ろから「久々知くんにはそのお豆腐出さない方がいいわよ」とかなんとか言われていたような気がする。(あれはどういう意味だったんだろう?)そんな疑問が浮かんでくれば、今し方私の(ネギをのせただけの筈なのに何故か埋まっている)手作り豆腐を見つめ俯き黙り込んでいた久々知くんの肩がわなわなと震え始めた。

「…他の料理に関してはまだ許せますが…っ豆腐だけは愚弄する事は許せません!!」
「ひっ!?」

刹那、勢いよく顔を上げ近付いてきた久々知くんに思わず声を漏らす。そんな私を他所に久々知くんは言葉を続けた。

「僕がみっちり特訓してあげます」
「…へ?」




こうして、久々知くん…もとい久々知先生による厳しい豆腐作りの修行が始まった…。何でだ。

「僕が昨晩洗って水に漬けておいた大豆があるので、それを基に作りましょう」
「は、はあ…(何で洗って水に漬けてあるの?)」
「じゃあこのすり鉢で大豆を粉砕して下さい」
「わかった」

食堂に用意されたすり鉢に大豆を大まかに放り込み、ゴリゴリと粉砕していく。豆腐は昨日も作ったんだから、正直修行なんて必要ないんだけどなー…。

「ああっ大豆をそんな乱暴に扱わないで下さい!破片が飛び散ってます!もっと優しく!」
「は、はいぃっ」
「あと、すり潰し方が雑です!もっと丁寧にすり潰して下さい!こう!」
「こ、こう…?」
「違う!こう!!」
「(わからん)」

だが、久々知くんからのダメ出しは思った以上で、大豆をすり潰すだけだと言うのに、かなりの時間を要した。漸く大豆を粉砕し終えて、水を加え生呉にして火を通し、形を作る工程へと移り始めた。

「あああ!にがりが多い!お湯が緩すぎる!もっとちゃんと計って!!」
「はいっ!」
「じゃあ重石を乗せますが、ちなみに昨日は何を乗せたんですか?」
「えーと…確か食器を何枚か重ねて…」
「…どれ位の重さだったとかは」
「…て、適当です」

あははは、と笑いを零してみるものの、久々知くんはジト目で私を一瞥すると、小さく溜息を吐いた。まあ、うん。吐きたくもなるよね。

「丁度いい硬さには100〜200g程度の水が必要です。ここからは名前さん一人で準備して下さい」
「わ、わかった」

責任重大だと言わんばかりの圧にひやりと汗が滴る。今までの久々知くんの怒号を思い出せば身震いしそうな程に恐ろしい。慎重に慎重に、と水を計り終えると豆腐箱にそっと置いた。



それから半刻程が経ち、久々知くんの合図により重石を退けると、豆腐箱から豆腐を抜き出した。

「…んー、まあ硬さは大体良いと思います」

久々知くんの鋭い眼差しが豆腐に向けられ、発せられた言葉にホッと胸を撫で下ろす。ああ、良かった。

「じゃあ、形整えるね!」
「あ、名前さんっもう少し丁寧に…」
「っあ…!」
「!!」

気の緩みからか、豆腐を手に持ち勢いよく身体を捻らせれば、すぐ後ろにあった棚に豆腐がぶつかった。べちゃ!と最悪な音を立てた豆腐はある程度の四角い形を失いぐちゃぐちゃに崩れてしまった。久々知くんもそれを見るや否や顔を青ざめさせて固まってしまっていた。ああ、最低だ私。あんなにも懸命に久々知くんが手伝ってくれたのに、台無しにするなんて。私の頭の中にそんな言葉が浮かんでくると、不意に目の奥が熱くなった。

「ご、ごめん久々知くん…。私がもっと気をつけていれば…」
「!あー、いえ、ま、まあ完全には無理ですけど、また型取れば、ある程度修復出来ますから。ね」

少し震えてしまった声色に久々知くんは気付いたのか、先程の様な厳しさは無くなり、優しく私を気遣う様な言葉を発すると、眉を下げて笑みを浮かべた。ああ、年下の男の子に気を遣わしちゃうなんて。そう思えば、今にも溢れ出そうになっていた涙をどうにかぐっと堪えると、小さく頷き笑い返した。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -