似た者同士の喧々劇 | ナノ


「やっと静かになったわねえ」
「はあ。次の昼食が心配…。食満くんは兎も角、潮江って本当に短気な奴」
「あんたもムキになりやすいんだから人の事言えないでしょ」
「う……」

授業が始まる合図である鐘楼の鐘が鳴る手前に、漸く朝食を食べ終えた潮江と食満くんは慌てて食堂から出て行った。余裕がないながらも食満くんは「ご馳走様でした!美味しかったです!」と優しい言葉をくれたと言うのに、潮江は「早く見た目だけでもどうにかしろバカタレ!」と暴言を吐いて行った。それに対して言い返す事の出来なかった苛立ちともどかしさに、乱雑に洗い物を片していれば母に怒られてしまう始末。それもこれも全部潮江のせいだバカタレ!…やばい、あいつの口癖が感染ってる…まじで落ち込むわコレ。


「はあ…」

食堂の手伝いを始めて早五日。一向に上達しない料理と、毎度毎度潮江に浴びせられる文句にすっかり精神が折れてくる頃だと、思わず溜息を零してしまう。そんな私を見兼ねた母が、やれやれといった様な顔をして息を吐いた。

「あのね、名前。私は潮江くんの言ってる事は正しいと思うわよ。そりゃあ、ちょっと言い方に棘があるけど」
「もう、母さんまで。私だってそれ位わかってるよ。でも…」
「いい?忍術学園の食堂を預かるって言うのは、忍術学園の先生や生徒達の体調管理を一任されてるのが一番よ。だから栄養バランスが偏らない様に日々の献立を考えてるの。でもね、食堂のおばちゃんって言うのはそれだけじゃ無いのよ」
「…?」

母は片手ながらに食卓を拭きながら言葉を続けた。

「皆の笑顔を作るのも、大事なお仕事よ」
「…笑顔」
「見た目が美味しそうなご飯が目の前にあると、自然に笑顔にならない?実際に美味しかったと思えば、それもまた笑顔になるでしょう?」
「……」

確かに、母の言う事は理解出来る。私は、母が作った料理を食べている生徒達の笑顔を見た事は無いが、きっと今私の料理を食べて無理に笑っている笑顔とは比べ物にならないのだと、容易に想像が出来てしまう。それは子供の頃によく食べていた母の料理を前にして満面の笑顔を浮かべていた私が、一番理解している。

「……でも、私みたいな不器用じゃ…」
「それが名前の駄目なところなのよ」
「っ」

どきっと心臓が跳ねる。

「不器用だから仕方ない、これ以上頑張ってもどうせ上手くいかない、なんて諦めるから、いつまで経っても上達しないのよ」
「……」
「貴方は料理の根本的な事を理解していないの。不器用って言葉に甘えているだけよ。一生懸命作ったらそれでいいの?誰か一人でもそのままで十分だって言ってくれるから、指摘してくる人には大目に見てよって思うの?」
「……」

意識したところで、いつの間にか悲惨な見た目になるのだ。不器用だから。なんてのは、言い訳だと母は見抜いていた。痛いところをグサグサと突き刺す母の言葉に何一つ返す事が出来ない。そんな私に母は追い討ちをかける様に言葉を続けた。


「それは料理に対する立派な怠慢よ」


努力してきた。
否、努力していたつもりだった。だが、母の言葉でそれは一瞬にして崩れ落ちる。

「どうして、上達出来ないか考えた事ある?不器用だから、は通用しないわよ」
「…それは……」

漸く、言葉を口に出すも、虚しく消えてしまう。泳がせる目を見て母は再び息を吐いた。

「何が駄目だったのか、ちゃんと考えないからよ。反省しないから、何度も同じ失敗を繰り返すの」
「…反省」

今までに料理をしてきた自分を省みて気付く。確かに、私は何故上手く出来ないのかとその場で考えてみるものの、後にはそんな疑問など頭から消え去って、また同じ失敗を繰り返していた。先日も、割って入ってきた潮江に痛いところを突かれてムキになって言い返していれば、すっかりその日の料理の失敗を思い出す事などしなかった。次頑張ればいいやって。


「…どうしたら、上達する?」


俯いて、食器を洗う事にも力が入らなくなった私は弱々しく言葉を吐いた。今思えば、ずっと意地を張って母に教えを請おうとしていなかった気がする。教えるって言われたものだから、間違っていれば、勝手に指摘してくれるだろうと考えて。こんな所でも甘えていたのかと、思い知らされる。

すると、先程までピリピリと張り詰めていた様な空気が、母が笑った事により、一瞬にして解けた気がした。


「自分の目で確かめてきなさい」


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