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「鬼灯様、おはようございます」
「おはようございます」

いつも通り、朝早くに起床して身支度を済ませて閻魔殿へと繰り出せば、絶対に鬼灯様は所定の位置へ座り、所定の様な大量の書類を裁いている。

「鬼灯様、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
「…あの」
「何か?」
「…あ、いえ。すみません」

私が閻魔庁での第二補佐官、つまり鬼灯様の直属の部下になってから1ヶ月ほど経とうとしていた。別に仕事内容にも、閻魔大王や鬼灯様にも不満がある訳ではない。(大王の仕事に対する緩さには少しどうかとは思っているけども)

ただ一つ気になっている事、というか何だか悲しいような、そんな悩みを私は抱えていた。


「先程裁判を終えた亡者と明日以降の裁判予定にある亡者の書類、少し量がありますが今日中に纏めておいて下さい」
「わかりました」

「昼食の時間なので、食堂に行きましょう」
「わかりました」

「後は私が最終確認をしておくので、先に上がって下さい」
「わかりました」
「お疲れ様でした」
「…お疲れ様でした」

流れる様に毎日が過ぎ、今日も仕事を終えて法廷の扉をパタン、と閉める。

「…はあ」

それと同時に漏れたため息はどこへ行く事も無く、消え去っていく。


「今日も名前、呼んでくれなかったなあ…」


鬼灯様とは今まで報告の関係で、たまに顔を合わせる程度だったのだが、第二補佐官に就任してからは毎日と言っていいほどに顔を合わせ仕事をしている。にも関わらず、鬼灯様は今までに一度も、私の名前を呼んだ事が無かった。
私が気付かない間に…なんて事は絶対に無い。
第一補佐官で閻魔大王の側近(裏ボスである事も有名)である鬼灯様に恋い焦がれる鬼女は、山程にいる。
そして、何を隠そう(隠せてない)私もその内の一人なのだ。
だから、名前を呼ばれたら嫌でも舞い上がってしまう事は分かりきっていた。(だからこそ、今までに一度も名前を呼ばれてない事にも早々に気付いちゃったんだよなあ)

嫌われているのだろうか。
(そうだとしたら、私これから生きていけない…)(鬼なんて中々死ぬ事無いんだけども)
いっそのこと鬼灯様本人に理由を聞いてみるべきか。(いやでも、鬼灯様の口からもし「嫌い」「興味がない」なんて言われてしまった日には…)なんてネガティヴな気持ちしか生まれてこない以上、聞くなんて事は到底出来ずにいた。
(私の気付かない所で、仕事でやらかしたのかな)(もし、嫌われてしまってるのなら、仕事で挽回する他ないか…)(って!もうこんな時間!)ぐるぐると廻る思考の中、気付けば時計の針は夜中の1時を指していた。
明日も仕事なのだから早く寝なければ、と急いで布団に入り無理矢理にネガティブに動いていた脳を休め私は眠りについた。



「…鬼灯様、おはようございます」
「おはようございます。…おや、体調でも悪いんですか?顔色が悪いですよ」
「す、すみません。昨日、考え事していたらあまり寝付けずに…」
「そうですか。珍しいですね」

結局、あれからも脳はネガティブな方向へ働き続け、暫く眠れないまま時間は過ぎていった。意識が無くなったのは起床する30分前。(やばい…眠すぎる)仕事に遅刻する訳にはいかず、30分だけ眠りについた私は起床時間きっかりになると無理矢理に身体を起こし、いつも通りの時間に閻魔殿へと出勤した。

「何かお悩みでも?」
「あ、いえ…大した事ではないので」
「…あまり無理はなさらないように」
「あ、ありがとうございます…!」

(不謹慎だけど、鬼灯様に心配してもらっちゃった…!)鬼灯様はいつも通り仕事をこなしながらも、寝不足の私へ優しい気遣うお言葉をくれた。そんな鬼灯様に私は心中、舞い上がりながらも平静を装い、いつもの席へ着き、いつものように仕事に取り掛かり始めた。
今日は少し、裁判の始まる時間が遅い。午前中の暖かな気温に包まれ静けさが広がる法廷は何とも心地良く、私を眠りに誘い込む。
(やばい…ダメだ…今寝たら、鬼灯様に殺される…)
(只でさえ、嫌われてるだろうに、仕事放棄して寝てしまえば、私も閻魔大王如く、釜に放り投げられてしま…う…)

(寝たら…ダメ…)



「…仕事中に眠ってしまうとは、本当に珍しい」

ぼやっとする意識の中で、鬼灯様のバリトンボイスが途切れながらも耳に入ってくる。
(ああ…凄く心地が良い…)
睡魔と必死に闘っていた私はいつの間にか机に突っ伏せ、眠ってしまっていた。
浅い眠りの中で、聞こえてくる鬼灯様はきっと呆れてしまっている。
鬼灯様はふう、と小さく息をつき席から立ち上がると、椅子にかけていた自前の羽織を手に持ち、私の肩へそっと掛けてくれる。

「…眠れない様な悩みがあるというのに、私には話せないんですね」

鬼灯様が独り言のような、そんな言葉を既に段々と深くなる眠りによって私には上手く聞き取れない。(ああ…もうダメだ…)頭の中では先程まで沢山に詰め込まれていた悩みや仕事の事などを全て覆い尽くす様な真っ黒いものが広がり始める。


「……さん、もっと、言いたい事があるなら言って下さい。…頼って下さい」


未だ必死に起きなければ、と頭の中で抵抗しつつも身体が一切動かない私はもう既に深い夢の中。そんな中で、鬼灯様が名前を呼んでくれた気がした。(夢だとしても、やっと鬼灯様に呼んでもらえたなんて、幸せだ)

「…えへへ」
「…おや、寝ながら笑うとは…仕方ありませんね。いつも頑張ってくれてるので、今日は大目に見てあげます。ゆっくり寝て下さい」

そっと、私の頭に触れられた鬼灯様の手の温もりを感じ、私は更に眠る顔を幸せそうに緩めた。


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