青春16切符 | ナノ


「潮江先輩、保健委員と美化委員と飼育委員の帳簿確認終わりました」
「おう」


授業が終わった放課後、いつもの様に生徒会室で会計の仕事である、日々の各委員会の帳簿の確認を行なっていた。今日は三木ヱ門が日直だとかで来ていない為、私と潮江先輩の二人で仕事を行なっている中、与えられていた各委員会の帳簿確認を済ませると、席を立ち潮江先輩の元へと渡しに向かった。

「不備は無かったか?」
「はい。それにしても、相変わらず体育委員の支出が絶えませんね…」
「あいつら、と言うか小平太が毎日ボールを破裂させるからな」
「七松先輩って学校にボールを割りに来てるんで…っわっ!」
「ん?っうお!?」

少し離れた位置から会話を挟みながら潮江先輩の元へと向かっていれば、不意に滑りの悪い床に躓き思わずバランスを崩してしまった。前のめりに倒れ込む先には、椅子に座って帳簿に向かう潮江先輩が居て、私の声に顔を向けた潮江先輩の吃驚した顔が私の脳に鮮明に焼き付いた。


ボスッ


「ぶっ…!」
「び、吃驚した…し、潮江先輩すみません…」

思わず目を瞑ったが、潮江先輩が座ったままの体制で正面から私の腰を手で支え、何とか潮江先輩共々倒れ込みそうになった衝撃を受け止めてくれた為、大事には至らなかった。た、助かった…。

「そ、それより早く離れろ…!」
「へ、…わっ!!」

不意に、潮江先輩の焦った声が放たれ、状況を理解すべく視線を下げれば、倒れ込んだ際に潮江先輩に覆い被さっていた事から、受け止めてくれた潮江先輩の顔が私の胸元に埋まっている事に気付き、突如恥ずかしさに顔を真っ赤にさせると、不安定になっていた足をしっかりと地面に付かせ、急いでその場から後ろへと退こうとした時だった。


ガラッ


「失礼します。潮江先輩、生徒会の予算についてお話、が……え」
「!へ、兵助…」
「久々知先輩…!」

突如生徒会の戸が開かれ、久々知先輩が現れた。久々知先輩は持っていた資料に目を落とし、話をしていたが、徐々に視線を上げ、私と潮江先輩の姿を見るや否や、目を丸くさせ言葉を失った。そりゃ私が潮江先輩の顔の前に胸元を寄せて、潮江先輩が私の腰を手で押さえて、抱き合ってる様に見えているのだから、固まってしまうのは無理も無い話だ。

「…し、し失礼しました……!」
「あ!ま、待て兵助っこれは違っ…!」

そんな私達の状況を、久々知先輩はどう理解したのか、顔を赤くさせたかと思えば、器用にもすぐに青ざめさせると、慌てた様に生徒会室から出て行ってしまった。そんな久々知先輩に潮江先輩が誤解を解こうとしたのも虚しく、開かれていた戸はパタンと閉まる音を鳴らした。

「…ご、誤解、されました…よね?」
「…ああ。…まあ、あいつの事だから誰かに言いふらすとかはないだろうが……って、は、早く退け!バカタレ!」
「え?あっすみません…!」

二人して久々知先輩の去って行った生徒会の戸を見つめていたが、現状の抱き合ってる状況を思い出した潮江先輩に再び焦った声を放たれると、私も状況を思い出して漸く体を飛び退かせた。



*****

数日前、俺は見てしまった。

潮江先輩が名字さんの腰に手をつき引き寄せて(誤解)、名字さんが潮江先輩の後頭部に腕を回して(誤解)、抱き合って(誤解)見つめ合って(大きく誤解)いた所を。

何故だか認めたく無かった。きっと何かの間違いだとそう自分に言い聞かせてみるものの、この目が映したのは現実で、俺の心は酷く絶望感に苛まれた。ショックで脳の一部が機能停止していく様な感覚の中で、潮江先輩と名字さんは同じ会計として行動する事も多く以前にも増して仲良かったもんなあ、とか、二人きりになる機会も今までにもあったんだから何かあってもおかしくないよなあ、なんて考えが諸々に浮かび上がると、余計に落ち込みその日は何も手を付けられず、急いで家へと帰った。

暫くあの日の光景が目に焼き付いて離れず、思い悩む内に、はっきりとした事を聞いていないのだからまだ決め付けるのは早いんじゃないか、と自分を励ます様な考えに漸く至り、俺は放課後になると必死に名字さんを探した。


校内を探し回ったのち、漸く名字さんを見つけるや否や、俺は躊躇いながらも前を歩く名字さんの後ろ姿目掛けて声を上げた。

「名字さん…!」
「ん?…あ、久々知先輩」

俺の呼び掛けた声に名字さんはくるりと顔を向けると、一瞬目を丸くさせたが、すぐに笑みを浮かべた。そんな名字さんに何故かどきっと胸を弾ませながらも、潮江先輩との事を思い出しては沈み、何とも複雑な心境を抱いた。

「あ、あのさ…ちょっと、聞きたいんだけど…」
「…何ですか?」

俺の言葉に名字さんは再び目を丸くさせると、少し気まずそうな表情を浮かべて口を開いた。その表情を見て俺は、もしかしたら皆には内緒で潮江先輩と付き合っていて、それを俺が偶然にも目撃してしまったから、問い詰められるんじゃないかと思っているのかも、と頭の中で次々と嫌な考えが過ぎる。

「……」

ぐるぐると巡る思考のせいで、上手く言葉が出ない。

「…あの」
「!」

すると、名字さんが俺よりも先に言葉を発した。次々に湧き上がる嫌な考えに俺は少し俯かせていた顔を上げて名字さんを見遣れば、名字さんは少し眉尻を下げて苦笑いで言葉を続けた。

「もしかして…し、潮江先輩との事…ですか?」
「!あー…えっと、その…うん」

まさか名字さんから言われてしまうなんて。俺から聞き出そうとしていた癖に不意に潮江先輩の名前が出てきてドキッと心臓が跳ねた。どう言葉を返そうかと少し考えてみたが、俺はただ簡潔に言葉を返した。すると名字さんは「やっぱり…」と呟き、小さく溜息を吐いて肩を下げると、勢い良く顔を上げて俺にずいっと顔を寄せた。ち、近い…!

「あ、あれは違うんです!」
「…え」
「あの時は私が躓いてしまったのを潮江先輩が受け止めてくれただけで…その、だ、抱き合ってたとかじゃ無いんです…!」

早口で恥ずかしそうに息巻く名字さんに思わずキョトンとしてしまった。だが、すぐに我に返り名字さんの言葉を理解すると、何だか少し胸が軽くなってきた気がする。

「…じゃ、じゃあ潮江先輩と付き合ってるとかは…」
「えっ!?ある訳ないですよ!(あ、今の言い方潮江先輩にちょっと失礼だったかな…まあいいか)」
「!…そう、だったんだ」

何故だか、酷くホッとした気持ちに包まれた。あの日からモヤモヤとする様な、どんよりとする様な暗い気分が一気に放出されると、堪らず口元が吊り上がった。

「やっぱり誤解されてましたよね…。潮江先輩は久々知先輩は言い触らさないだろうし、気にするなって言ってたんですけど、どうにも気になって…」
「でも誤解も解けた事だし、俺もすっきりしたし、もう大丈夫!」
「(…なんか、急に元気になった?)そうですね。私もなんかすっきりしました」
「ところで、その抱えているのは?」
「あ、今度の調理実習で作るメニューのアンケートをクラス分纏めて職員室に運ぶ所だったんです」
「そうなんだ、引き止めてごめんね。良かったら運ぶの手伝うよ」
「えっ。そんな、悪いですよ」
「いいから。引き止めたお詫びだと思って」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」

そう言って名字さんから腕に抱えられていたプリントを受け取ると、話す前よりも大分と軽くなった足取りで、名字さんと職員室へと向かった。




あとがき。
55万打企画にて「「青春16切符」の夢主で、久々知以外の生徒会メンバーとラッキースケベ(相手はおまかせ)⇒久々知が目撃してしまう。」というリクエストを頂きました。伊作の時も言いましたが、ほんとラッキースケベって難しい。(笑)そしてまだまだ関係性の薄い二人の表現に迷いましたが、当たり障りの無い終わり方にしました…。ご希望に添えたかどうかわかりませんが、久々知のモヤモヤする感じは書いてて楽しかったです。(笑)リクエストありがとうございました。


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