青春16切符 | ナノ


それから、名字さんを見掛ければ、無意識に目で追う様になっていた。

食堂で友達とご飯を食べながら楽しそうに笑っている姿だったり、喜八郎にくっ付かれながらも邪険に扱わず半ば引きずりながら廊下を歩く姿や、朝礼では壇上など一切も見ずに、小さな欠伸をしながら友達とこっそり喋る姿。だが学年も違い、たった一回手当てをしただけの俺等きっと覚えていない名字さんに俺も話しかける気など無かった。そして何が起きる訳でも無く高等部に上がれば、未だ中等部である名字さんを見る機会すら無くなり、俺の記憶からも徐々に薄らいでいくのが分かった。

だけど、何故か心の奥底で何かが引っかかっている様な、そんな気持ちがずっとあった。


そして、今年高校二年生になった春。一年生の会計補佐から、副会長になった俺は、いち早く生徒会立候補者のリストを見た時は、目を疑った。

【名字 名前】

同姓同名だろうか…?いや、確か同じ名前の人は居なかったはずだ。断定は出来ないが、面倒くさがりである名字さんがやる事が多忙にある生徒会に立候補なんて、ありえない。だが、実際にリストに名前は載っている。俺は軽い混乱に陥ったが、彼女のあの責任感の強さから、出来れば生徒会に入って欲しいという気持ちが大きかった。

【―さて、初日の集団面接も終えた所で、生徒会、各委員長への意見を聞きたい。まず各委員会に所属していた者から話を伺いたいのだが…そうだな、中等部では3年間飼育委員会だった友名字友名前はどうだ?八左ヱ門】
【…正直、飼育委員会から抜ける事になるのなら、推したくはありませんが…責任を持って活動に励んでいてくれてましたよ。元々凄いテンションが高いんで偶に困らせてくれますが、あの天真爛漫さが動物や後輩にも好かれていて、ああいう惹き寄せられる人間性の持ち主は中々いませんので、生徒会の盛り上げ役には適任かと思います。ただ面接での熱弁で分かってると思いますが、生徒会に入れるのなら本気でテンション高いんで覚悟して下さい】
【なるほどな…まあ、確かにあれを受け入れるとなると相当の覚悟は要りそうだな】
【だがまあ、やる気に満ち溢れた姿勢は評価していいんじゃないか。仙蔵を見る目に少し不純そうな雰囲気があったのは否めんが…】
【…まあ、仕事を全うにこなすのなら、多少は目を瞑っても良かろう。えー、次は…中等部で3年間保健委員会だった名字名前。こいつはどうだ?伊作】

名前が出た瞬間に、思わずどきりと心臓が高鳴ってしまうが、俺は平常心を装い、伊作先輩を見遣る。

【うーん、僕も正直保健委員会を辞めないで欲しいからなあ…】
【名字って、面接で凄えやる気の無いアピールした奴か?話にならんだろう。しかも会計補佐立候補となりゃ、あいつの直属の先輩は俺になる。それは御免だぞ】
【たっ確かに、名前はあまり積極的じゃないし面倒くさがりだから、多分今回…その、友達に勧められて生徒会に立候補したんじゃないのかなあ、とは正直思うんだけど…。でもっ、彼女は与えられた仕事は勿論、目に付いた仕事はきっちり最後までやるよ。責任感が強い分自己犠牲が過ぎる所が偶に傷だけど、絶対に途中で放り出さない。名前が生徒会に入れば、必ず良い動きが期待出来る……んだけど、やっぱり保健委員会を抜けるのは駄目だ!落選で!】
【伊作、勝手に決めるな】
【でも、でも、名前が保健委員から抜けたらまだ春は始まったばかりなのに大不運だよ…】
【なはは!大丈夫だ伊作!いつも大不運だろ】
【小平太、フォローなってねえぞ】
【あれ?】

思わず、口元が緩みそうになったのを上手く誤魔化した。たった一回きりの会話だったけど、名字さんに感じた俺のこの気持ちを、長い事見てきた伊作先輩は深い所まで感じて評価していたのだ。




【名字名前です。よろしくお願いします…】

そうして、晴れて生徒会会計補佐に当選し、名字さんと再び会えた時、俺はあの時に抱いていた気持ちが浮上してくるのが分かった。それがどんな気持ちのものなのかは未だ明確では無いが、嬉しいと言う感情であった事は確かだった。ただ、伊作先輩の予想通り、恐らく隣のテンションが高い友達の友名字さんに無理矢理立候補させられたんだろうなって雰囲気がひしひしと伝わってきた時には少し同情した。

だが、矢張り伊作先輩の言葉通り、彼女は責任感が強く、生徒会の活動に懸命に励んでいた。

会計での前期トラブルに巻き込まれた時も、潮江先輩を諌める様にして自ら手伝いを行い、責任感が強いだけでなくしっかり者だと言う一面を知った。目安箱の案を出す際にも、そこまでやるかという程に中高の生徒に意見まで聞いてくると言う驚きの行動力を見せてくれた。本当に面倒くさがりなのか、と疑いたくなるが、きっと彼女の人の良さから脳内で葛藤して責任が勝ってしまうのだろう。そうなった時の名字さんの溜息を吐いて仕方なく動くんだろうなという姿を想像すれば、思わず笑ってしまう。

そして、つい先日行われた大隠れ鬼ごっこでは、後輩想いの一面も知らされた。庄左ヱ門の一件もそうであったが、きり丸が階段から落ちそうになったのを自らが庇って落ちたと聞いた時には吃驚した。続け様に七松先輩が何とか受け止めた事から大事には至らなかったと聞けば、盛大な安堵が漏れたものだが。


その時、俺は気付いた。

俺の中には、いつの間にか名字さんで一杯になっていると。だから、八左ヱ門といる時、つい気を抜いて名字さんの話をしてしまったんだ。

【…名字さんてさ】
【ん?名前か?】
【(イラッ)…最初は生徒会に嫌々入ったみたいだけど、真面目に取り組んでて一生懸命だよな】
【ああ、伊作先輩の言う通りだったな!まあ、中等部の時も何度か友名前伝いで飼育委員会助けてもらった事あったから心配はしてなかったけどな!】
【はあ!?(それ知らないぞ!)】
【え!?な、何だよいきなり…?】
【…あ、いや。でも、後輩想いで自分を犠牲にするタイプみたいだから心配だ】
【あー、確かに伊作先輩も自己犠牲が過ぎるって言ってたもんなあ】
【…じゃあ、俺帰るな】
【…え?あ、ああ(何だったんだ?)】

驚いたんだ。自分の中で、こんなにも名字さんの事で一杯になっているのが。八左ヱ門が、名前で呼んでたり、知らない間に以前から飼育委員会を通じて交流があった事を聞いて、醜い感情が生まれたなんて。



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