青春16切符 | ナノ


「はあ〜涼しい〜楽園だ〜」

昨日とは打って変わって、室内のガンガンに効いた冷房に感謝しながら私は目の前の本棚にさっさと本を並べて行く。その隣で私と同じ様に本を並べている雷蔵先輩が私の言葉を聞いていたらしく、笑いが聞こえてきた。聞かれていた事に少しだけ恥ずかしくなり、雷蔵先輩をちらっと見れば、目が合った。

「ごめんごめん。そう言えば、名字さん昨日は飼育委員会の手伝いだったんだっけ?」
「そうなんですよ。もう暑いし、檻作るとかで力仕事させられるわで本当ハチ先輩の扱き使いの荒さったらもう…!」
「ははは、八左ヱ門らしいね。でも、あいつ義理堅いからお礼に飲み物とか食べ物沢山奢ってくれたでしょ?」
「…まあ、そうなんですけど。ハチ先輩って、芯が強くて真っ直ぐで面倒見が良いんで、でもちょっとからかいたくなる感じがあるんで何やかんや手伝ってあげようって思っちゃうんですよね」
「八左ヱ門は好かれてるね、羨ましいよ」
「えっ雷蔵先輩だって滅茶苦茶優しくて後輩に好かれてるじゃないですか」
「いやあ、僕なんて」
「…もそ。手が止まっている」
「「ひっ!す、すみません…」」

雷蔵先輩と笑いながら暫しの談笑をしていれば、突如背後に降り掛かったドスの利いた様な低い声に肩を跳ねさせると冷房の効いた図書室で冷や汗を掻いて雷蔵先輩と苦笑いを浮かべた。


今日は図書委員会活動の手伝いに来ていた。年間を通して新しい本が定期的に仕入れられるらしいのだが、新しい本を並べる際に現状の貸し出している古い本の劣化確認、汚れが破れが目立つ物があれば廃棄をしてから、新しい本を本棚に並べる。単純な作業ではあるものの、この作業が思った以上に骨が折れる作業で、一回の量を捌くのにもかなりの時間が掛かってしまうらしい。そうしてる間にも、次の本がやってきては、少しずつ溜まって行く新しい本達。いつまでも放置している訳にもいかず、長期休み前になると一旦全ての新しい本を本棚に並べ切るというのが、この委員会ではルール化されていた。

「それにしても、定期的に来る本の量多くありません?もう少し、納品量を減らしてもらうだとか、次の納品に少し期間を設けるとか」

それにしては、量が多すぎる。本年度が始まってまだそこまで月日は経って無いと言うのに。
昨日は喜八郎が手伝っていたらしく「珍しくいっぱい仕事したから充電させてー」と私に抱き付いてきていた事もあるし(珍しくとか自分で言うあたり喜八郎らしいわ)、私が手伝いに来てから一時間ほど経っていたが、最初に積まれていた本が一向に減る気配が無い。夏休みまでに終わるのだろうか…と思わず不満を口にすれば、中在家先輩も私を雷蔵先輩と挟むと、同じ様に本棚に本を並べながら口を開いた。

「…学園長が、直々に本を注文している」
「学園長先生がですか?」
「そうなんだ。以前まではこんなに量が無かったんだけど、最近本にやたらハマってるらしくてね。1日に5冊以上読むみたいだから、常に新しい本を求めてるから大変だよ」
「…年を取ると読書にハマりやすいですもんねえ」
「ははは、学園長が聞いてたらきっと怒るよ」
「…廊下に、学園長が」
「えっ!?が、学園長先生っていつまでも若々しくて素敵ー憧れちゃうっ!……あ、あれ?」

本音を漏らせば、ふいに中在家先輩から学園長先生がいる事を知らされ、すぐさまご機嫌取りに窺う。…だが、廊下を見回してみても学園長先生の姿は無い。

「…冗談だ」
「えっ!?」
「ぷっ…くく、あははは」
「もう!中在家先輩!らっ雷蔵先輩も笑いすぎ!」
「…すまない」
「あははは、ごめんごめん」

どういう事だと中在家先輩を見遣れば、いつもの不機嫌な表情のままポツリと呟いた言葉に私は思わず顔を真っ赤にする。恥ずかしい!

けど、中在家先輩って意外にお茶目なんだなあ。
普段は図書室を訪れても寡黙に活動をこなしている姿しか知らなかったから、今日は知らない部分を知れた気がして少し嬉しい気分になってしまう。


「…もそ。少し休憩にしよう」
「「はい」」

あれから暫く経ってから、中在家先輩の一言に私と雷蔵先輩は口を揃えると手に持っていた本を本棚に並べると部屋の手前にあるテーブルへと腰掛けた。

「…ケーキがある。食べるか?」
「えっ本当ですか?食べます!ありがとうございます」
「中在家先輩はよく色々持ってきてくれるんだ。しかも手作り」
「え!手作り!?凄い…!」

手際よく並べられて行く紙皿に乗ったケーキをまじまじと見て呟けば、心なしか中在家先輩の頬が綻んだ気がした。正直、中在家先輩はいつも無表情で笑うと手が付けられない程に恐ろしいという印象しか持ち得ていなかった私には、今日一日で中在家先輩の印象がガラリと変わった。実は冗談を言ったりしてからかうのが好きで、お菓子を手作りして持ってきてくれる優しい先輩。
手伝いに来る数時間前までは怒られたら嫌だなあ、あの不気味な笑顔で胸倉掴まれたら…なんて土井先生並みの胃痛に苛まれていたのだが、それが最早嘘の様に和やかなティータイムを楽しむ私がいた。

来てよかったなあ。

そんな気持ちが終始続く様な、楽しい手伝いとなった。



「…名字、今日は凄く助かった」
「本当にありがとうな」
「いえいえ、こちらこそ貴重な経験をさせて頂いたのですっかり勉強になりました。有難うございます」

外が少し暮れてきた頃、今日はこれで終わろうと合図した中在家先輩の大きな手が私の頭を思った以上に優しく撫でた。雷蔵先輩も柔らかい笑みを向けてくるものだから、何だか気恥ずかしくなり照れてしまう。

「…だが、少し頑張りすぎだ。生徒会でも他の委員会でもそうだが、あまり無理はするな」

そう言われると、思い当たる節々を思い出し苦笑してしまう。本棚の高い場所が届かず、それでもどうにかして自分でやらないと、なんて無理をして脚立から落ちそうになったり。片手に沢山の量を積んで効率よく本を並べていけばいいと調子に乗れば腕に限界が来てしまい、何とかばら撒かずに済んだものの、暫く痺れた事を隠していれば中在家先輩にバレて注意されたり。

「すみません…。でも、今まで図書委員会の皆や、生徒会の人達がこんなに頑張っていたんだなあって考えると、私が少しでも負担を減らせればって思ってしまって…。ただ空回ってばかりで色々とご迷惑お掛けして、本当にすみません」
「…その気持ちは凄く嬉しい。それに迷惑など掛けられた記憶は無いし、本当に今日は助かった。ありがとう」
「…中在家先輩」

そう言って再びわさわさと優しく頭を撫でる中在家先輩にじん、と心が暖まった様な気がした。

「さ、帰ろうか」

そして、締括る言葉を発した雷蔵先輩に目を向けると、私は笑みを浮かべた。

「はいっ」



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