青春16切符 | ナノ


「なっ…なんだ、ハチ先輩かあー…」
「なんだ、生徒会かよ」

ロッカーを開かれ光が溢れる目の前に焦点を当てれば、髪の毛が乱雑にボサボサと広がる様が目に移る。七松先輩もボサボサだけど、また違った癖のあるボサボサ。ってボサボサなのはどうでもいいとして。私と左門くんがいるロッカーを開けたのは飼育委員会委員長のハチ先輩だった。姿を確認するや否や、強張らせていた体の力が一気に抜ける。だが私と同様の言葉を吐いたハチ先輩は対照的に残念そうな顔を浮かべた。

「ハチ先輩はどこの委員会がターゲットでしたっけ」
「俺は保健委員会の奴らだ。あいつら不運だから、すぐに見つかると思ったんだけどなあ」

ハチ先輩はくそ、と悔しそうな表情を浮かべた。そんなハチ先輩に「まだ時間あるんだから大丈夫ですって」なんて余り心にも思ってない言葉で励ましながら、呑気にお喋り等している暇は無いとふいに不安に駆られ始めた。

「じゃあハチ先輩、私達も七松先輩から逃げないといけないのでこれで…」
「…いや、待てよ」

こんな事をしている場合ではないと気付いた私は左門くんの手を引き教室から出ようと足を進めた時だった。ハチ先輩が何か思いついた様に言葉を漏らした事により思わず足を止めた。ハチ先輩を見るように振り返れば、何とも意地の悪そうな顔つきでニヤッと笑った。…その顔に、絶対に良い予感がしない。


「…お前らの紙輪を奪って少しでも予算の割合を増やすのも、一つの手段だよな」
「…そ、そんなのアリな訳ないでしょう」


案の定、嫌な予感は当たった。しかも、ハチ先輩の口から出た言葉は何とも非道なもの。まさか自分のターゲット以外の紙輪を奪おうなんて。

「どうせ誰が奪ったかなんてわかんねーって。捕まえた証拠として紙輪が必要ってんなら七松先輩と手を組んで紙輪を渡す」
「な、なんて卑劣な…!」

そんな悪巧みを口にしたハチ先輩から急いで離れようと、左門くんの手を強く握り直せば、左門くんも同様に握り返した。

「名前先輩!逃げましょう!」
「う、うん…!」

先程よりも勢いよく地面を蹴り走り出そうとしたが、遅かった。ハチ先輩は私の腕を掴みこちらへと引き寄せたかと思えば、私と顔を向き合わせた。もう逃げられないと理解すれば、次第に顔が青ざめる。そんな私とは裏腹にハチ先輩は表面上に爽やかな笑みを浮かべた。

「そういや俺、この前七松先輩のバレーに付き合わされたんだ」
「(あ、この話題はやばい)へ、へえ。それは羨ましい限りですね…」
「でもさ、あの日は確か名前が誘われてた日だったんだよなあ…?」
「それはそれは…七松先輩ってば気移り激しそうですもんね…?」

きっと彼は"あの日"の事を言っている。生徒会定例会議を終え、七松先輩に目をつけられた日。久々知先輩の機転(ハチ先輩への擦り付け)によりどうにかその日は逃れる事が出来、私の中であの日の記憶は段々と薄れ始めていたが、当然ながら流れ弾を食らったハチ先輩は鮮明に覚えていた。

そして彼はきっと、いや十中八九確信したに違いない。七松先輩にバレーを付き合わされる事になったのは、私がハチ先輩を売ったからだと。違うんですよ、あれは久々知先輩が私を助ける為に、心を痛めつつ尊い命を献上した事からですね…。


「問答無用!積年の恨み!!」
「あーっ!!」

積年と言う程の年月など微塵も重ねていないが、最早そんな悠長な事を考えてる暇は無かった。ハチ先輩はそう叫ぶと掴んでいた私の腕から勢いよく紙輪を千切り奪った。

「まだまだあ!!」
「っ左門くん!逃げて!」
「えっ!で、でも…!」
「君まで奪われちゃったら生徒会が負けちゃう!なるべく遠くに、久々知先輩がいそうな所まで逃げて!」

一つ紙輪を千切った事で、すっかり野心に火をつけたハチ先輩は反対側の紙輪にもギラギラと目を向けた。必死に抵抗した所できっと遅かれ早かれ奪われてしまうと確信した私は繋いでいた左門くんの手を離すと逃げる様に促した。

「っわかりました!!」

最初は戸惑っていたが、左門くんは私の必死の訴えに深く頷くと、教室から勢いよく飛び出していった。君の決断力のある方向音痴できっと久々知先輩の所には辿り着けないだろうけど、どうにか遠くまで逃げておくれ…!


「はは、名前は相変わらず後輩想いな先輩だ。俺の委員会の後輩にもよく懐かれてたもんな」
「そういうハチ先輩は、今まで散々飼育委員を手伝ってあげたのに、随分酷い先輩ですね…」
「それに関しては今でもすっげー感謝してんだぜ?…だがな、お前らのとこのクソ書記長の尾浜勘右衛門にサボってるとか訳の分からねえ非難浴びせられて、余計な出費が出来たんだ…」
「(あ…飼育小屋と虫籠のやつか)」
「だから…!名前には悪いが、予算を少しでも多く獲得する為、手段は選ばないぜ!!」
「ひいい!ハチ先輩の極悪野郎ー!」


ブチッ


少し遠くの方で逃げ惑っているのかはたはた追いかけているのか、忙しない足音や悲鳴やらが響く中、少しだけ静かな教室はその音を確実に捉えた。ハチ先輩は残りの紙輪も勢いよく掴み取ると私の腕から盛大に引き千切った。ああ、こんなにも早く、まさか生徒会の鬼じゃないハチ先輩に奪われるなんて。


ピ――ッ!


「竹谷八左ヱ門、及び飼育委員会。ターゲット以外の紙輪を奪ったルール違反により、失格だ」


その時、教室の扉からけたたましい笛の音が響き、思わず体が跳ね上がった。ハチ先輩も同様に驚いた顔でその音に顔を向ければ、木下先生がいつもの青筋を立てた怖い顔つきでそう言い放った。

「きっ木下先生…!いつからそこに…!」
「馬鹿野郎!学園長から各先生方が見張っていると説明を受けただろうが。それに、逃げるメンバーの自主逃亡を見張っているだけじゃ無く不正が無いかの確認だって勿論している。お前達全員の動き等、私達教師には全てお見通しと言う訳だ!」
「…そ、そんな…!」

木下先生の怒号が響き渡り、ハチ先輩はその場に崩れ落ち地面に手をついた。ルール違反をしたとなれば、失格になる事は予想出来ていたが、まさか飼育委員会自体が失格になるとは。…なんか、同情してきた。

「名字、付け直しておけ」
「あ…、ありがとうございます…!」

そんなハチ先輩を他所に、木下先生が私に歩み寄ると新しい黒い紙輪を2本渡した。手の平に乗せられたそれを見るや否や、まだ生き残っているのだと認識すればホッと一息ついた。

そして木下先生は項垂れてその場から動けずにいるハチ先輩を肩に担ぐとその場から足早に消え去った。は、速い…そう言えばさっき木下先生が全てお見通しだなんて言っていたけど…先生達、一体何者なんだ。



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