青春16切符 | ナノ


「ふあ〜あ…流石に眠いなあ」


翌朝。
いつも起きる時間よりかなり早い時間に起きれば、学校への身支度を済ませて未だ覚醒し切れていない頭のまま自転車に跨った。

ゆったりぬったりとペダルを漕ぎながら、一つ大きな欠伸を零す。思春期真っ盛りの高校一年生が大きく空いた口を隠さないなんて!と友名前が見たらきっと怒るだろうな。私だって、普段ならもう少し気を遣うよ。多分。けれど、今はそんな事が気にならない程に眠たかった。

昨日はあれから、潮江先輩の言葉通り数十分程で作業を打ち切らせて学園を後にした。学園前で潮江先輩と久々知先輩と別れれば、余程七松先輩に拉致られた事を引きずっていたのだろう、いつまでもしょんぼりと肩を落とす三木ヱ門に「明日挽回すれば大丈夫だって!でもアイス奢れよ」と元気付けてあげた。私ってばなんて優しいんだろう。ハーゲンダッツだけで許してあげたんだから。三木ヱ門もそれで少し元気を出してくれたのか、別れ際には多少の笑顔を見せてくれていた。何とか明日は全力で頑張ってくれそうだわ。良かった良かった。

とは言っても。

「…やっぱ放課後だけじゃ、間に合わないもんね…」

昨日は偶然にしろ、ピンチヒッターとして久々知先輩が居てくれた。そして三木ヱ門も揃っての後半はかなりのスピードで帳簿の記入は進んでいたけれど、今日から2日間は潮江先輩と三木ヱ門と私の3人だけだ。そして昨日体験してみて、一人で放課後の限られた時間に捌ける量は速いと褒められたにしろ、一つの委員会分さえ終わらせる事が出来なかった。この調子では放課後だけではきっと間に合わない。いや、間に合わせなければいけないのだから潮江先輩も躍起になって私たちに鞭を打ち(物理かもしれない恐怖が否めない)死に物狂いで記帳させるだろう。それは絶対に嫌だ。

そう結論に至った私は、休憩時間が集中出来ないのであれば朝しかないと考えた。さっさと終わらせる為にも、少しでも急ごう。

徐々に覚醒してきた脳は私の体を急かす様に、学校へとペダルを漕ぐ脚に力を込めた。



*****

ーガラララッ

「失礼しま…え!?」
「な!?お前…!」

学園に着くと足早に生徒会室へと急いだ。そして誰もいないと分かっていながらも、初めてやってきた時から神聖な場所だと認識する部屋の前で、未だ気軽に踏み入れない緊張感を覚えると、一呼吸入れてから、独り言を呟くように戸を開けた。…つもりだった。

そこには、なぜか潮江先輩の姿。

「な、何してるんですか。潮江先輩…」
「お前こそ、何をしに来た!…まさか、帳簿の続きをしようと思ってたのか」
「…仰る通りです」
「はあ…バカタレ!」

唐突に降り注がれた溜息と罵声に思わずムッとする。感謝こそされども、怒られる筋合いは無いぞ!

「な、何で怒られなきゃいけないんですか。仮にも私は定例会議までにどうにか帳簿を完成させて潮江先輩に鞭で物理的に叩かれない様にと…」
「待て、なんだ鞭って。お前の中の俺のイメージどうなってんだ。…お前の言いたい事はわかっている。だが、元より前期分の帳簿が白紙になった現状は全て俺の不甲斐なさからだ。最初は俺だけで対処せねばとは考えていたんだが、正直、この量は絶望的すぎてな。恥を忍んで昨日と今日をお前と三木ヱ門に手伝いを頼んだ事は、今後一生詫びる覚悟でいる。久々知にも多大な迷惑をかけてしまった。だから、それで間に合わなくてもお前たちにこれ以上急き立てるつもり等端から頭に無い。だから、今日も放課後に関しては甘えてしまって申し訳ないが、今朝はゆっくり…」

「っ馬鹿じゃないですか!!」

「…な、」


潮江先輩の長ったらしい言葉を聞いている内に心の奥に苛立ちを覚え、昨日は打ち解けられたかな、なんて少しでも思っていた私が馬鹿だった、と虚しくなると同時に私は、潮江先輩の言葉が終わらぬ内に、今度は私が罵声を浴びせてしまった。
そんな私に潮江先輩は、今までずっと記帳していた手を初めて止めて、驚きと怒りが入り混じった様な表情を浮かべているが、そんな事は気にせずに言葉を続けた。

「まず!帳簿が白紙になったのは潮江先輩のせいじゃないでしょ!あのへっぽこ事務員の小松田さんでしょ!」
「いや、そ、それはそうだが…(そんなはっきり…)」
「それなのに目の下にそんな隈作るまで一人でやるなんて馬鹿としか言いようがありません!」
「あ、いや、この隈は鍛錬(筋トレ)をいつも夜遅くまでやってしまってるせいで、今回の件とは全然…」
「それに、一生詫びるって何ですか!なんか重たいし、奴隷にでもなるんですか!」
「隈の話はもう無視か!ってどっ…奴隷!?おまえっ、可愛い顔して何つう事を」
「それに関しては喜んでなって貰いましょう!」
「おい!何をさせるつもりだ!?」
「ですがっ!!…今、会計内で起きているトラブルを、私と三木ヱ門には関係ないなんて、考えるのはやめて下さい…」
「!…名字、」

わかっている。
潮江先輩が私たちに関係ない前期分の帳簿を手伝わせてしまっている事を気にして、これ以上の迷惑をかけまいとする配慮だって、わかっているが、私たちは今期の会計補佐なんだ。

「(やばい…只でさえ仕事が山積みなのに、潮江先輩の手を止めてまで、逆に面倒な事しちゃってるよね私。…ああ、色んな意味で泣きそう)」

何故だか込み上げてくる涙を必死に堪えて俯けば、潮江先輩は椅子から立ち上がり、戸の前で立ち尽くしたままの私へと歩み寄ってきた。


「す、すまん…」


そして、歯切れ悪く、謝罪を述べたかと思えば、不慣れな手つきで私の頭をぐりぐりと乱暴に撫で回した。…ちょっと痛い。

「…正直、来てくれて、凄く嬉しかった」
「…本当ですか?」
「ああ。お前の顔見た瞬間、泣きそうだったよ」
「…ふふ、ちょっと見たかったです」
「バカタレ。…仕事を、頼んでもいいか?会計補佐の名字名前」
「っはい、会計長」

乱暴な手が離れたかと思えば、再び歯切れの悪い言葉を並べて私に帳簿を差し出した潮江先輩に、改めて少しは歩み寄れたかも知れない、と嬉しさを覚えた。

それから数分後に、私と同じように三木ヱ門がやってくると、潮江先輩はよく出来た会計補佐達だ!と今度こそ泣き始めた。あーやっぱり帳簿濡れるから今すぐ泣き止んで下さい!



「…名字さんって、あんなしっかりしてるんだなあ…。(昨日もそうだったけど、俺の他に後輩で潮江先輩を折れさせる事が出来るなんて凄いや。今朝も手伝おうかと思ったけど、ここは会計同士の親睦を深めてもらうのが一番かな)…今期は面白い生徒会になりそうだ」

そんな生徒会室での騒がしいやり取りを、廊下で久々知先輩が耳にして笑っていたなんて、私は知らない。



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