カムバック, アゲイン! | ナノ


「絶対…そうだよねえ」

なんだか身体が重い。
朝起きたら軽い頭痛に苛まれ、こほんこほんと咳をリズミカルに繰り出していれば、利吉さんもとい、(何故か私の兄に転生なされた)お兄ちゃんに「風邪かも知れないから酷くならない内に一度病院に行きなさい」と促されて今に至る。
折角だから、つい最近出来たという近所の病院へ行ってみよう、と足を運べばやはり出来たばかりの綺麗な建物、思ったより規模の大きい病院に嘆声を漏らしつつ、大きな看板に書かれた文字を見るや否や、冒頭の言葉を呟いた。

「善法寺…って、ねえ?」

誰に話しかける訳でもなく、再び呟いた私は珍しい名前にある人物を思い浮かべた。(出来れば会いたいけど、この病院の広さじゃ探さないといけないかも…)そんな事を思いながらも止まない咳に、とりあえず今はこの体調不良をどうにかせねば、とエントランスで受付を済ませ待合席で名前を呼ばれるのを待った。
暫くして「山田さーん」と看護師さんに呼ばれ診察室へとやってくると、あの人はそこに座っていた。

「や、やっぱり…こほっ、伊作先輩だ…」
「え?わ…!え、大丈夫かい!?」

こほこほ、と出続ける咳を抑えながら、予想はしていたがまさかこんなにすぐに出会えるなんて、と先程頭に思い浮かべていた人物を目の前にして、驚きと嬉しさのあまりにじわり、と涙を溢れさせた。そんな私を見るや否や、伊作先輩(の生まれ変わりの人)は突然のことにあたふたと慌て出す。(ああ、その慌て方はやっぱり伊作先輩だ)



「もう落ち着いた?」
「はい…すみません、突然泣き出しちゃって」
「はは、突然だから焦ったよ。ええと、山田さんの言う伊作って人が誰なのかは知らないけど…僕は善法寺伊人(いくと)って言うんだ。今日はよろしくね」

厚かましくも、泣き出した私に伊作先輩もとい、病院の主治医である善法寺先生が懐から差し出してくれたハンカチを有り難くお借りして一頻り泣き終えると、気持ちが落ち着き伊作先輩へと謝罪する。
だが、伊作先輩は相変わらずで、そんな私に優しい笑顔を向けてくれた。

「はい、よろしくお願いします」



*****

「…そっか。じゃあその山田さんの知り合いの亡くなった伊作先輩って人が僕に凄く似てるんだ?」

診察を進めながら、私は善法寺先輩に事のいきさつを話した。(とは言っても室町時代の人だとか貴方が生まれ変わりなんですとかは言えないけど)(それにしても苗字が同じだし、子孫なのかな?まあ、ない話ではないよね)

「はい。すっごく似てます。その先輩の方が、もう少し若かったんですけど」
「はは、そうだね。僕ももう25歳だし学生時代からすると大分年おじさんになっちゃったからなあ」
「い、いえ!そんな事ないです!」

思わず伊作先輩の言葉に食い下がった私に伊作先輩が少し驚いた顔をした。

「い、今でも凄く素敵ですし…い、いつまで経っても私の…あ、憧れです」

言葉を続けた私は、まるで告白をしたかのような気持ちになると、次第に口をもごもごさせ俯いた。(急に恥ずかしくなってきた…しかも、憧れだなんて初対面なんだから、「絶対まだこいつ伊作先輩とかいう奴と間違えてるよ困った奴だぜ」って思ってるよね…どう見ても変な奴だ私…)


「…そっか。嬉しいよ、こんな可愛い子に憧れてもらえるなんて」


すると、伊作先輩はまた、あの頃みたいな笑顔を見せてくれると、私の頭を優しく撫でた。

「って、僕が言われてるんじゃないから勘違いもいいところだよね」
「い、いえその今のは伊作先ぱ…じゃなくて伊人先生に向けたもので…ああっでも、いつまで経ってもって言うのは…こ、これから先絶対憧れるだろうなって意味で…!」

ちゃんと貴方に向けた言葉なんです!と伝えたいところだが、話せば話すほどにややこしくなる。(これから先憧れるって何?未来予想?こわいし気持ち悪い奴じゃん)どうにか上手い言葉を探そうと頭を働かせれば頭痛が酷くなる。(ど、どう説明すれば…)
すると、そんな私を制すようにふふ、と笑いが聞こえ「大丈夫だよ」と言葉が降り注いだ。

「ごめんね、気を遣わせちゃって。でも凄く嬉しいよ。僕に向けた言葉じゃなくても、そうだとしても」
「…いさく、せんぱい」
「何だかわからないけど実は僕も山田さんと初めて会った時、凄く懐かしくなったというか…嬉しい気持ちになったんだ。君に会えて良かった、て思えたよ。もしかしたら、僕に伊作先輩が乗り移ってるのかも」
「そ、そうなんですか…(乗り移ってるというか、魂そのまま伊作先輩なんですけどね)」
「うん。だから、今の山田さんの言葉。しっかり伊作先輩に届いたよ」
「…はい」
「よし。じゃあ診察も終わったし、今日はまっすぐ家に帰って薬飲んでしっかり寝ること!」
「はい。…最初から最後までご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「いいんだよ。風邪、ちゃんと治してね」
「はい、ありがとうございました」
「うん。また何かあったらおいで」
「…はい!」

昔も、たまに実習で失敗して伊作先輩に傷の手当てをしてもらって、失敗した事に落ち込んでたら慰めてくれたなあ。そして、その時に見せてくれる笑顔と「また何かあったらおいで」と掛けてくれる言葉が、私をいつも元気付けてくれていた。(まさか、もう一度聞けるなんて…)
カタン、と椅子から下りて立ち上がり歩みを進めると、診察室の扉へ手をかけた。
あの頃と変わらない伊作先輩と会えた事、その伊作先輩に貰った処方箋があれば風邪などすぐに吹き飛びそうだ、なんてふわふわした気持ちで帰ろうとした時に、ふと忘れかけていた事を思い出す。(そう言えば、伊作先輩って)

「あの、いさ…伊人先生は1日に1回は不運な事起きたりしませんか?」
「!わっ急に振り返ったら…!」
「へ、あ…」


「いたた…」
「い、伊作先輩、うえ…」
「え?っぐぅ…!!」

何となく、伊作先輩の不運は相変わらずなのだろうか、と振り返り聞いてみれば、見送りをしてくれようと私の後に続き歩いていた伊作先輩が、突然私が立ち止まった事により急ブレーキを掛ける。しかし、滑りの良いスリッパは思うように止まらず、伊作先輩は豪快に滑って転んだ。かと思えば、転んだ拍子に掴んだ後ろのベッドのシーツが側にあった骨格標本の骸骨を巻き込み、骸骨は先程診察していた際に伊作先輩が座っていた机へと倒れ込む。そこに置いてあったカルテを挟んだクリップバインダーが華麗に飛び上がると、伊作先輩へと直撃した。

「ご、ごめんなさい。私が急に立ち止まったから…(それにしては、不幸なピタゴラスイッ●が綺麗に出来てたな…)」
「いや…き、気にしないで。僕、何故かよく転んではこういう事が起きてるから…あはは…何でだろう」
「……安心しました」



(以前より大人びてとても素敵な善法寺伊作先生でしたが、不運は相変わらずの様です)



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