カムバック, アゲイン! | ナノ


「あ、ごめんなさ……あ」
「いえ、こちらこそ……ん、あれ」


学校の帰りに転生後に何故か私の兄になってしまった利吉さんから買い物を頼まれた為、地元のスーパーへとやってきた。
既に決められている食材を利吉さんからのメールを見てカゴへとどんどん詰め込んでいく。店内の入り口から壁に沿ってカートを押し、指定された食材に中には豆腐も文字が入っているのを確認すると、目の前に見えてきた豆腐のコーナーで足を止める。(…豆腐、嫌いな訳じゃないんだけど)なんて思いながら、目の前で白味を際立たせる豆腐を一瞥すると、思わず溜息を吐いた。

好きでも嫌いでもない豆腐には、嫌な思い出があった。それは現世での記憶では無く、室町時代で生きた前世での記憶。豆腐を異常なまでに愛して止まない彼は、私にもその愛を押し付けてきていた。否、私がいけなかったんだと今でも後悔している。手作りの豆腐を食べて「美味しい!これ毎日でも食べれるよ!」なんて考え無しに褒めた私が。それからと言うもの、真面目が本分である彼は私の言葉を本気にしては、毎日…いや、毎食の一品にと私の定食に勝手に豆腐を加えて、毎回感想を心待ちにしていた。そう、もうトラウマだった。不謹慎だが、死ぬ間際に私の頭の中には微かに豆腐が浮かんできて(もう毎日豆腐を食べなくていいのか…やった…)なんて思った事を僅かに覚えている程だ。

だが、今の世にも悲しきかな。豆腐は健在していた。と言っても、以前ほどの頻度を考えれば偶の食事に出る位、我慢出来る。(大抵お味噌汁に入ってる程度だしね)そんな事を思いながら、私は多少に抵抗がありながらも豆腐に手を伸ばした。

すると、不意に誰かの手に触れてしまった。一緒の豆腐を取ろうとしてしまったその人に慌てて目を合わせて謝罪の言葉を言い切ろうとした瞬間、今まさに頭に描かれていた人物が、目の前に立っていた。

「兵助…」
「(兵助…?)えっと、この前駅のホームで仙志(ひさし)といた子だよね?あの時間違って覚えたんだと思うけど、俺は兵太(へいた)。あと多分君より年上だからね」
「…あ、すみません……」
「それにしても、まさかこんな所で再会するなんてね」

あはは、と弱々しく笑う兵助に私も驚いていた。ついこの前、電車で痴漢に遭っていた私を助けてくれたのが何と、前世で忍術学園六年生だった立花先輩で、それだけでも驚いたというのに、現世での立花先輩の友達がまさかの前世で私と同じ五年生だった兵助だったのだ。

ここ最近で感じていたが、私が前世で関わっていた人との繋がりは現世でも強く残っているようで、事あるごとに再会を果たしてきていた。この様子だと、兵助もいずれ再会するだろう(出来れば会わないで欲しいと毎日全力で願っていたけど)とは思っていたが、まさか立花先輩の友達になっていたとは。(二人が気さくに話しててなんかすっごい違和感だった)そしてその後の再会場所が、まさかスーパーの一角にある豆腐コーナーとは。…因縁なのだろうか…?

「君も豆腐好きなのか?」
「いいいいえ!!あーその、あ、兄にお使いを頼まれまして…!」

相変わらず整った睫毛の長い大きな瞳でこちらを見た兵助にゾッと寒気が走った。何で豆腐買おうとしただけで豆腐好きになるんだ。全力で首を横に振り否定すれば、兵助は少し残念そうな顔で「そっか…」と呟いた。(その顔にはもう騙されないからね…!前世でも何度その母性を擽る様な表情で折れて豆腐三昧に襲われた事か…!)


「ところで、調理方法は?」
「え……た、多分お味噌汁だと…」
「今までずっと絹ごし豆腐?」
「う…はい…」
「良かったら今日は気分変えて木綿豆腐はどう?手でちぎって入れると味が染みやすくなって美味しいんだ。あとは一緒に人参や大根とか根菜を入れるのがオススメだよ」
「は、はあ…」

突如切り替えた様に話し出した兵助は、先程まで下げていた眉はすっかり元のキリッとした位置に戻して私に有無を言わさずに、ほいそれと木綿豆腐をカゴに入れた。何であんたが人ん家のご飯の中身決めてるんだ。徐々に鮮明に蘇る豆腐三昧の前世の記憶に顔が青ざめてしまう。現世でも兵助は私を精神的に追いやろうとしているんだ…鬼だ。今じゃすっかりきっちりスーツを着こなして出来るサラリーマンを装っているが、こいつは豆腐の回し者だ。

「…あー、えっと、そう言えば君の名前は?」
「…山田現なまえです……」

豆腐の事で頭が一杯だったのか、私の名前を聞き忘れいたのであろう兵助にそう尋ねられ、気が進まないながらも正直に答えた。出来れば、もう会いたくない。これ以上、君と豆腐にはもう会いたくないんです。すると兵助はにっこりと微笑んだ。


「山田さん、絶対美味しいから騙されたと思って食べてみて」
「!」


もう、本当にこいつは何て狡いんだろう。残念そうな顔だったり、笑った顔だったり、そんな顔をされてしまえば、今までの悪行(?)を許してしまいそうになるじゃないか。(過去に何度も許してきちゃったんだけど…)

「…わかりました」

そして、今世でも、また許してしまった私が小さく頷くと、更に兵助は嬉しそうに顔の皺を深く刻んで笑った。前世では私と同い年だった癖に、すっかり私より大人になってしまった彼に、思わずときめていてしまいそうになるのを抑えていれば。

「あ、出来たら感想聞かせてほしいから、連絡先教えてくれないか?」

なんて言われて、一気に心が底冷えた気がした。豆腐を使ったナンパがあったとは。



(兵助と豆腐は健在です)



……死ぬ間際に、もう二度と豆腐を食べなくて済むと喜んだのは確かだったが、その反面、兵助の豆腐の感想を心待ちにする顔や、棒読みで美味しいと伝えた時の喜ぶ顔がもう二度と見れないのか、と思うと寂しくなったのは、ここだけの話。



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