忘れたままでも良かった
ヘンタイ女。
ヘンタイ女。
ヘンタイ女。
何度も同じ言葉が脳内で繰り返される。
(そりゃ、水を被れば男になってしまう訳で、それが例えば更衣室だとか銭湯だとかで変身してしまえば、一発でヘンタイになる訳なんだけども、そうなんだけども、そんな酷い言われ様しなくてもいいんじゃないか?っていうか!そもそも、そもそもっ…!)
『っ乱馬だって、人の事言えないでしょーがっ!!このヘンタイ!!!』
ぱーんっ!!
ぎゅっと閉じていた目を開き、勢いよく繰り出した張り手は綺麗に乱馬の頬へと入れば、乱馬は華麗に宙に舞い、そのまま地面へと倒れ込んだ。
『…あれ』
「なまえ!今の…!」
どす、と乱馬が倒れ込んだ鈍い音が聞こえると共にハッと我に返ったあたしにあかねが駆け寄ってくる。
「思い出したんだなっ乱馬くんを!」
【よかったよかった】
『あかね、早雲さん玄馬さん…』
「うん、うん。素晴らしい友情の奇跡だっ」
「重い…」
どうやら、乱馬の事を思い出したあたしにあかねや早雲さんと玄馬さんは自分の事のように喜んでくれていた。そんな姿にあたしまで感動してしまうと、思わず涙腺が緩む。(乱馬のおまけで付いてきた様なあたしに、皆…!)
どかんっ
「ニーハオ」
「!シャンプー!」
その時、凄まじい破壊音がしたかと思えば、道場に大きな穴が空きシャンプーが現れた。
「!愛人!大丈夫か!」
そして、ふと倒れ込んでいた乱馬を見遣ると心配そうな表情で乱馬へと駆け寄ろうとした。
「愛人っ…」
ひょいっ
「!……」
その時、あかねが乱馬の三つ編みを掴むと勢いよくシャンプーから引き離した。そんなあかねにぎらっとシャンプーが睨むとあかねはにやりと口元を吊り上げた。
「残念だったわね、なまえはもう乱馬の事思い出したのよ」
「!」
『あ、えっと、まあ…』
あかねの言葉にシャンプーの矛先があたしへと向いてしまえば、あたしはドキッとしてあははと苦笑いを浮かべる。(厄介ごとに巻き込まれるくらいなら、いっその事忘れたままでも良かったかもな…)
「ふん、執念深い女ね」
「人の事言える立場か!なまえもなんとか言ってやんなさいっ」
『え!?あーえーっと』
「…仕方ないね。思い出さなければ、」
『!』
シュッ!
「死なずにすんだ!!」
フッ
『っぶな…!』
ふいに感じた殺気に、あたしは瞬時に気づくと間一髪のところでシャンプーの攻撃を交わした。(二度も同じ手は食らわないっての…!)
ガシッ
「やめろ、シャンプー!」
そして、交わしたことにより隙ができたシャンプーをすぐさま乱馬が取り押さえると、シャンプーは目を丸くして、そして笑った。
「ウォーアイニー」
ぎゅ〜
『(むかっ)』
「(なまえって何だかんだ見せ付けられると、殺気出しちゃうくらい嫉妬してるんだから、本当素直じゃないわよね)」
「ちょっちょっと待てっ!」
そして勢いよく乱馬に抱き付くシャンプーを見るや否や、あたしはつい最近感じた苛立ちを再び覚える。が、その気配を察したのか乱馬が慌ててシャンプーを引っぺがすと、コホンと一つ咳払いをした。
「とにかく、なまえとあかねに手を出すな」
「邪魔者消す。当たり前のこと」
真面目な顔で説き伏せる乱馬に思わずドキリと胸が鳴る。(そう言えば、あたしの為に、中国まで漢方液を買いに行こうとしてくれたんだよね…?…いやいや、まさか。そうだ、あんまり覚えてないけど、きっと原作でそういう展開があったんだ。だから乱馬はただ原作通りに治そうとしただけで、きっとあかねだったとしても、そうしていたに違いない)だが、高まる期待を押しつぶす様に、自分で自分を言い聞かせて納得する。
(…あたしが、乱馬とくっ付くなんて、絶対にないんだから)