僕と同じ顔をしたあの子
僕よりも泣き虫なあの子
僕のとても大切なあの子

僕が、ずっと、ずーっと、守ると決めた。僕が守ってあげないと…

カチャ、と静かに開かれた扉。
開いた隙間から、スッと身体を滑り込ませ、そっと扉を閉める。
予想していた光景と全く同じ、真っ暗な世界が視界に広がった。
「…ただいまー…」
抑えられた声音に返ってくる言葉などない。この部屋の主は、自分だけなのだから、部屋の電気が点いてたり、自分の声に返事が返ってくる事は、あり得なかった。
「わあー…疲れたにゃ…あ…」
部屋に明かりを灯し、そのまま真っ直ぐ、ソファに深く腰を下ろし全体重を預ける。
最近、キャラ作りのため、語尾に『にゃ』をつけ始めた。それが普段の生活の一部となりつつあようで、眉を寄せた。
「はあー…めんどくさ…」
とはいえ、それが事務所の方針ならば、やるしかない。人気アイドル『HAYATO』というキャラには必要なのだろう。
「ま、HAYATOのモデルは、僕自身、だし…名前もそのままだし…ねぇ、」
だからこそ、自分は自然体で、今、この仕事を続けている。ただ…
「この語尾は…ないよにゃあ…」
少し大きめの溜息をついて、ハヤトはソファに横になる。その時、突然インターホンが鳴った。
こんな遅い時間に来客?と、時計を見上げ、深夜2時を過ぎている事を確認すると、ハヤトは首を傾げ、気だるげに立ち上がる。
「はいはー…っ!」
カメラに映るその姿に、ハヤトは一瞬息を呑み、すぐさまオートロックを解除した。

「お邪魔します。」
「さ、どうぞどうぞ!!」
「こんな遅くにすみません…」
「いいって、いいって!僕も少し前に帰ってきたとこなんだ。」
何か飲む?と、ハヤトは冷蔵庫を開け、返事を聞く前に、お茶を用意した。ついでに、と何か食べるものを作ろうと食材を選びながら、話を続ける。
「それで?何かあったの?」
トキヤが僕のところに来たっていうことは、そういうことでしょ?と、優しい声音で問いかける。
「……………。」
「……………。」
何か居心地が悪そうに目線を彷徨わせるトキヤの姿に、ハヤトは、なんとも言えない嫌な予感がしていた。
トキヤは、兄のハヤトに対してだけは素直に、何でも話してきた。そんな彼が、黙るなんて…
「トキヤ……オムライスとチャーハン、どっちが良い?」
「………どっちもカロリーが高そうなんで、遠慮します。」
「えー!えー!いいじゃーん!一緒に食べようってー!」
「じつは、早乙女学園に、合格、したんです。」
「よーし、じゃあオムライスで………え?はい?」
ハヤトの手が、声が、全てが動きを止め、ピタリと動かなくなる。
え?え?何?何だって?トキヤが?早乙女学園…に?それってつまり、トキヤは…
「…アイドルを目指すの?」
「はい。」
兄を真っ直ぐに見つめる揺るぎない瞳に、声音に、そしてその表情に、ハヤトは絶句した。
トキヤが、あの泣き虫だったトキヤが、自分と同じ舞台に上がってこようとしている。こんな薄汚れた世界に、トキヤを巻き込みたくはないと思っていたのに…トキヤは自ら望んでその世界を選んだ…選んでしまった…
「…そっ、か…、それじゃあ、これから、いっぱい、いーっぱいがんばらないとね!」
「! 怒ら、ないの…ですか?」
「なんで?それが、トキヤの決めた道、なんでしょ?」
「…そ、そうですが…でも!」
「僕は、トキヤの事を、全力で応援するよ。」
ハヤトは、トキヤを真っ直ぐに見つめ、にっこりと微んだ。

僕と同じ顔のあの子は、泣き虫だったあの子は、自らの進む道を決めた。ならば、僕は…僕にできる事は…1つしかない。
トップアイドルになって、君の困らないような世界を作ること!
トキヤは、僕が、守るんだ……


(よし、オムライス作るか!)
(…私の分は要りませんよ。)
(えー!一緒に食べようよ!トキヤのケチんぼ!)



守りたいもの

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