僕と勘違い
「Frau Kogami?」
ある日の夕方、落ち着いた低音が僕を呼び止めた。
振り返れば、そこにいたのは以前出会った金髪長身の外国人、ジルベールさんだった。
僕の姿を見るとジルベールさんはにっこりと笑い、黒いハットを持ち上げて軽く会釈をした。
「Ich bin sehr geehrt, Sie wieder zu sehen.」
再会を喜んでくれる彼に僕もですよ。と告げれば、ジルベールさんはより一層笑みを深くした。
しかし、急に真面目な顔になったかと思うとやや厳しめの口調でこうのたまった。
女性一人での夜道は危険ですよ。と。(ざっくり言えばこんな感じのことを言っていた)
僕は思わず口をぽかんと開けて彼を見てしまった。
僕の表情を見てジルベールさんは不思議そうに首を傾げる。(変なことを言いましたか?というような感じだった)
端から見たら妙な光景だったろう。
そんなとき、正面から見覚えのある赤色が近づいてきた。
「ヒナちゃん今帰りなんだなー。あ、そういやさっきツカサちゃんとこの幼稚園に行ったらお菓子もらったから夕飯後に食べ…」
お菓子が入っているであろう袋を揺らしながら話すタケさんはジルベールさんを見るなりぴたりと動きを止めた。
そして、ジルベールさんを指差してわなわなと震え始めたのだ。(ちょっと、失礼だよ!)
気を悪くしてはいないかとジルベールさんを見れば、彼も彼で青い目を丸くしながらタケさんを凝視していた。
「Mad Kunstler !?」
「Roter Kopf!」
二人が言葉を紡いだのは同時。
二人とも知り合いなのだろうか?
それにしても、気狂い芸術家と赤髪って…。
タケさんをちらりと見れば、ため息をひとつ溢してから口を開いた。
「こいつ、俺がドイツにいたときの知り合いなんだよ。いや、知り合いというか腐れ縁というか…。」
「…腐れ縁とはまたあんまりな言い方をしてくれるじゃないかい。」
やれやれと大袈裟に肩を竦めながら、ジルベールさんは日本語でそう呟いた。
…え、日本語?
「失礼、鴻上さん。隠していましたが日本語も話せます。…それにしても、アナタがRoter Kopfと知り合いだったとは思いもしませんでした。」
「ケッお前こそ一体どこでヒナちゃんに会ったんだよ。」
「スーパーマーケットで会ったのだよ。オマエこそなんだ、鴻上さんのLiebhaberだとか抜かすつもりじゃないだろうな?」
「「…。」」
Liebhaber、つまりは、恋人。
タケさんを指差しながらはっきりとそう言葉を紡ぐジルベールさんに、僕とタケさんは開いた口が塞がらなかった。(あれ、さっきもこんなことなかったっけ?)
まさか、まだ勘違いされていたとは。
しばらくするとタケさんは肩を震わせながらうずくまった。
大方、笑いが堪えきれなかったのだろうがその行動によってジルベールさんの眉間のシワはどんどん増えるばかりで…。
これ以上この二人の間に挟まれているのは僕の精神衛生上良くない。
小さく息を吸い込むと、意を決してジルベールさんと向き合った。
「あの、ジルベールさん!僕は正真正銘の男です。」
「…。」
「それに仮に女だとしてもタケさんの彼女になんてなりたくないです。」
「ヒナちゃん!?」
「…鴻上さん、アナタ…」
俗に言うツンデレという奴ですか。
どこか感心したようにジルベールさんを見て、僕はもうなにも言うことができなかった。
この人、話が通じない。
呆然とする僕の隣では、相変わらず武さんが笑い声をあげていた。
END.
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