僕と行き倒れ
僕の名前は鴻上ヒナ、調香師として働いているごくごく普通の日本人だ。
今日も一生懸命働こうと張り切って家を出た。
家を出たんだけど…
「…誰、この人。」
玄関の真ん前に人が倒れてた。(このご時世に行き倒れですか)
普通なら急いで助けるんだろうけど…仰向けで大の字になって倒れてる人なんて怪しすぎる。
年齢は30代前半くらいかな、ダークレッドの短髪で無精髭。
べっこう色のサングラスをかけて五分丈ズボンにアロハシャツと言う出立ち。
…何から何まで怪しい人だ。
そんなことを思っていたら小さく唸る声とともにアロハシャツの人は目を覚ました。
「…腹減った。」
第一声がそれですか。
お腹が空いたならさっさと自分の家に帰ればいいのに。
これ以上この人には構わないようにしよう。
玄関に鍵がかかっていることを横目で確認すると僕はアロハシャツの人の脇を通り過ぎた。
「なぁ、飯…食わしてくれねぇかな。」
背中に感じた金属の感触。
振り向いて確認しなくてもそれが何であるかの大体の見当は付いている。(銃、だろうね…)
僕は大人しく両手を上げる。(人通りの少ない場所だから助けなんて呼べなかった)
こんな状況体験したことはないけど下手なことはしない方が良さそうだ。
銃刀法違反だの、カタギの人間じゃないだろだの言いたいことはあったが今一番優先すべきなのは自分自身の命である。
特に何も低抗してこないことにアロハシャツの人は気をよくしたのか、どこか楽しそうな口調で僕に話しかけて来た。
「素直に言うこと聞いてくれて嬉しいぜ。レディはこうでなくっちゃな。」
…は?
今こいつはなんて言ったんだ。
レディ、だって?
確かに僕は女顔だ、でもにやにや笑いながら言うアロハシャツの発言は許せなかった。
「僕は鴻上ヒナ、正真正銘の男です!」
「あん?…そりゃあ失礼。」
確かにそう言われれば女にしては色気がねぇもんな。
アロハシャツは笑い飛ばしながらそう付け加えた。
…なんなんだこの男!
仕事にも行けないしからかわれるしで僕の怒りのボルテージは最高値まで行っていた。(でも逆らったらさっきの銃で撃たれそうだ)
落ち着け、落ち着くんだヒナ、冷静を装え…。
「そう言う貴方はどちら様ですか?僕の知り合いって訳では無さそうですが…。」
「俺の名前?タケだ、榎本タケロウ。タケさんって呼んでくれよ。」
「わかりました、榎本さんですね。」
「タ・ケ・さ・ん。」
再び味わうことになった金属の感触。
本当になんなんだ、自分の考える呼び方をされないからって銃を突き付けることは無いじゃないか。
とことん傍若無人な人だ。
僕は溜め息を吐くとアロハシャツの人…タケさんと向き直り口を開いた。
「ご飯作りますからその物騒なモノしまって下さい。」
これが僕とタケさんの出会いだった。
END
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