「わかった、話すよ。世界の罪人について、そしてナヅキについて。」







君にそっくりな女の子、ナヅキは元々この世界の住人だったんだ。
この世界にはコトノハって呼ばれる力があると言うのは前に話したね?
ナヅキはその力を使うことに誰よりも秀でていてね、周囲からは世界に愛されているとまで言われていたんだ。
弱冠10歳にして術師の種族や術学を学ぶ人達よりもコトノハを扱うことが出来たナヅキの二つ名は『世界の心』だった。

そんなナヅキとボクとが出会ったのは彼女が世界の心と呼ばれ始めた10歳の夏のこと。
樹齢が千年を超える大樹の下で、偶然森に迷い込んだナヅキと出会ったんだ。
オーガの一族は人間に出会う機会がしばしばあったけどボク自身は森から出たことが無かったから人間と接したことがなかった、だから初めはナヅキを警戒した。
だけど泣きじゃくる彼女を放ってはおけなかったんだ。
人間だとか、オーガだとか、種族の違いを気にしていた自分が馬鹿らしくなった。
それから、しゃくり上げるナヅキの手を引いてボクは町へと連れて行ったんだ。
町についたらナヅキの帰りを待つ人達がたくさんいたよ。
ボクはそこにナヅキを連れて行き、また森へ帰ろうとしたんだけど…そしたら君はボクの手を握って言ったんだ。

『あたしの友達になって。』

嬉しかった、初めて出来た人間の友達だった。
シルドラやノーアに出会ったのもそれからまもなくだったよ。
ボク達は何の問題も無く平和な日々を過ごした。



世界が一変したのはそれから7年後、世界の心とまで呼ばれたナヅキの力を悪用しようとした奴が現れたんだ。
そいつらはボクとシルドラの目を盗んでナヅキを町から連れ出した。
そして町からずっと離れた大国の城の地下でコトノハを使わせようとしたんだ。
大方ナヅキに服従のコトノハを唱えさせて国を自分達のものにしようとしたんじゃないかな。
だけど、それは失敗した。
ナヅキが唱えたのは破壊のコトノハだったんだ。
いきなり知らない奴等にさらわれて怖かったんだろうね、恐怖も働いてか破壊のコトノハは国一つを飲み込んだ。
ボクとシルドラが駆け付けた時には既に国は消滅、瓦礫の中からは放心状態のナヅキだけが見つかった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらずっと謝り続けていたよ。
でも、謝ったからって国中の命が戻って来る訳じゃない。
ナヅキはこの世界の存続を妨げる存在として世界の管理者である時神子の部下、死神から『世界の罪人』の烙印を押された。

普通罪人は裁かれるもの、ナヅキも例に従って裁かれるはずだった。
だけど死神の中で一番位の高い死神長がナヅキを連行しに来た時にボク達は言ったんだ、ナヅキの代わりにボク達を裁いてくれってね。
死神長は渋々了承してくれたよ。
そして、ボクとシルドラはナヅキの代わりに罪を背負ったんだ。
ボクは国を滅ぼした罪を背負い、『世界の罪人』の忌み名を引き継いで死んでしまった人達と同じ大きさの苦しみを人数分だけ味わった。
シルドラは世界に対する裏切りの罪を背負い、生死を彷徨った末に異端中の異端の存在である龍の魔物憑きにされた。
ボク達はこれでナヅキの罪を償えたと思ってた、でも…執刑人はそんなに甘くなかった。
ナヅキは処刑されなかったけど、年齢と記憶を書き換えられてラズリエルからハーモニアって世界に飛ばされたんだ。
その後、執刑人は世界の安定を保つために人々からナヅキ、シルドラ、ボクに関する全ての記憶を消し去った。
ノーアだけは術師の中でも特異な存在だったからかボク達のことを覚えていたけど…例外を除いて全ての人々はあの忌まわしい事件に関する記憶を消されたんだ。








「そして…あれから10年、二度と帰って来るはずの無い君が帰って来た。ナヅキと全く違う世界を生きる那月として。これが今に至るまでの話だよ。」



まるで物語を読み終えた後のように顔を上げながらジャンクはゆっくりと呟いた。
対する那月はこの気持ちをどう表現すれば言いのかわからないでいた。
戸惑い、悲しみ、苦しみ…混ざり合わさってそれらはどす黒い色を成す。
無知の代償、そして知ることの苦しみ。
ナヅキであって那月である自分は一体彼等にとって何なのか。
今、自分はきっと酷い顔をしていると思う。
何も言えずに俯く那月を見てジャンクは優しく頭を撫でる。



「那月、出来れば君にはこの世界に戻って来て欲しくなかった。だけど…君に会えて嬉しかったっていうのも事実だ。」



ジャンクの目が愛しげに細められる。
その時、那月はふと思った。
この青色の瞳は誰を映しているのだろう、彼の言う君とは一体誰なのだろう。
ありとあらゆるコトノハを扱うことが出来たナヅキの姿か、今ジャンクの目の前にいるコトノハなんて全く知らないただの女子高生の那月か。
いや、それ以前に…。



「…ジャンク。ジャンクはこれでよかったの?」



ジャンクの首元にある縫い目にそっと手を伸ばす。
ツギハギだらけのジャンクの体、触れると温かくてなんだか涙が零れた。
始めは奇抜だとしか思えなかった縫い目をナヅキを守ってくれた証拠だと思うと申し訳なさと同時に愛しさを感じた。
ナヅキはきっと、ジャンクのことを好きだったのだろう。
記憶は無くても、この感覚をいつか感じたことがある。
胸の奥が痛いような、息が苦しくなるような、それでいてどこか幸せな気持ち。
だけど、そんな気持ちもナヅキの方が先に感じていたかもしれないと思うとほんの少し寂しかった。
ジャンクは那月の行動をしばらく黙って見ていたが、やがてゆっくりと手を取ると口を開いた。



「…ボクはね、那月。君が幸せになれるのならばそれでいいんだ。君のためならボクはイバラの道だって幸せだよ。でも、願うことなら…」



そんな悲しそうな顔、しないで欲しい。
ジャンクの顔が目の前に広がったかと思うと頬に温かいものが触れた。
触れたものが何かを理解しても不思議と恥ずかしさは無く、ごく普通にその行為を受け入れていた。



ドクン…



『ナヅキの涙はしょっぱいね。』

『涙がしょっぱいのはみんな同じでしょ?』

『知らないよ。だってボク、泣いてるナヅキのほっぺたにしかキスしたことないもの。』

『…ねぇ、どうしていつも泣いてる時にほっぺたにキスしてくれるの?』

『それはね…』







『ナヅキの悲しみ全部、ボクが吸い取れたらいいなって。』








「う、あ…うああああ!!」



那月は声を上げて泣き始めた。
もう子供じゃないのに、そんな考えはどこか遠くに吹き飛んでいた。
ジャンクは子供のように大声を上げて泣きじゃくる那月を抱き締めるとそっと背中を擦る。
ジャンクの薄い胸板に顔を埋めながら那月はしばらくの間泣き続けた。





悲しい嗚咽を零すなら、どうかこの身体の傍で
(昔も今も、ボクは弱い君を支える存在でありたい)

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