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それは、あたしの知らない"あたし"の物語だった。
『こんなところにいたのね。世界の罪人、ナヅキ。』
そこには"あたし"と、ツギハギだらけじゃないジャンクと、翼の生えていないシルドラがいた。
凛とした声にジャンクとシルドラに守られるように支えられた"あたし"は肩を震わせる。
空間を裂いて現れたのはウェーブのかかった赤い短髪の女の人。
吊り目がちのエメラルドグリーンの双眸が"あたし"を見下ろした。
『貴女の罪は重いわ。死神長の名の元に貴女を裁きます。』
『待てよ!!ナヅキだって被害者なんだぞ!?』
『…被害者、ですって?国一つ滅ぼしても正当防衛と言い張るの?』
『そ、れは…』
女の人の言葉にシルドラは悔しげな表情を浮かべる。
ジャンクは何も言わない、ただ今にも壊れそうな"あたし"を抱き締めていた。
『ナヅキ、世界に愛され世界の心とも呼ばれる貴女ならコトノハの発動条件を人一倍理解しているでしょう?イメージに特定の言葉を乗せる。貴女はコトノハを使って国を一つ滅ぼした、それはつまり貴女が国の消滅を望んだことに等しい。』
『…。』
『多くの未来を黒く塗りつぶした。一瞬の揺らぎで光を奪った。』
『…ゃ、』
『貴女のその行為は世界への裏切りよ。』
『ぁ…い、いや…いやぁぁぁぁああ!』
次々と投げ掛けられる言葉に"あたし"はついに壊れてしまったかのように叫び始めた。
まるで自分の非を恐れる子供、声が嗄れるくらいの大声を出している"あたし"を見てあたしは何とも言えない気持ちになる。
もうやめて、そう言ったら死神長を名乗る女の人は言葉を紡ぐのをやめてくれただろうか?
いや、きっとやめはしないだろう。
あたしの予想通り、彼女は言い続ける。
『こちらに来なさい、貴女への処罰は執刑人が行います。』
『…待って。』
低くて落ち着いたジャンクの声が辺りに響いた。
ジャンクは"あたし"の頭を一回撫でるとシルドラに視線を送り、女の人と向かい合う。
そして一呼吸置いてからジャンクは言った。
『ナヅキの代わりに、ボク達を裁いて。』
一瞬辺りが静まった。
女の人だけじゃなく"あたし"も驚いたみたいで叫ぶのをやめてジャンクを見つめていた。
ジャンクの言葉に女の人は若干目を細める。
『…もう一度、言ってもらえるかしら?』
『何度だって言うよ、ナヅキの代わりにボク達が裁いて。…ナヅキを連れて行かないで。』
『ナヅキは俺達の太陽なんだ、だから…!!』
ドクン、心臓が高く跳ねた。
夢のはずなのに胸が苦しくなる。
"あたし"はジャンクに縋るようにしがみつくと首を振りながら訴える。
行かないで、一人にしないで、と。
それでもジャンクとシルドラの決意は揺らがなかった。
ジャンクは愛しげなまなざしで"あたし"を見つめながらそっと頬を撫でる。
その時、女の人は静かに口を開いた。
『…わかりました、そこまで言うのならナヅキを裁くのはやめましょう。しかしジャンク・ラビッシュにシルドラ・ビハインド、貴方達はどうやってナヅキの罪を背負うのかしら。国中の命や国中の名誉…それだけじゃない、世界を裏切ったのだからその処罰だって待っている。それら全てを背負いきれるの?』
『ナヅキの為ならどんなに苦しくたって背負ってみせる。』
『俺だって、どんなに最悪な出来事になったって構うもんか。』
『……わかりました。今のを聞いていたわね、執刑人?』
『うん、しっかりとね。』
第三者の声。
気が付いたら女の人の隣りにはざんばらな、くすんだ水色の髪を持つ中性的な人が立っていた。
恐らくこの人が女の人の言う執刑人なのだろう。
あたしは執刑人の姿をまじまじと見る。
中性的な顔は血色の悪さに加え、目の下の隈と色の無い唇とが影響してより不健康な印象を与えている。
体もジャンク以上に細く、転んだら骨折してしまうのではないかと思わせるほどだった。
不健康を絵に描いたような風貌の執刑人だが、瞳だけは綺麗な金色に輝いていた。
そんな目が、ジャンクとシルドラ、そして"あたし"を順々に見やる。
『生涯出会わないで欲しかったけど…ワタシは執刑人、アドミニス。キミ達の刑を執り行うモノだよ。ジャンク・ラビッシュにシルドラ・ビハインド、キミ達のナヅキへの気持ち、確かに受け取った。』
でも、それとこれとは違うから。
執刑人ことアドミニスは"あたし"に向かって手をかざしながら何か呪文のようなものを唱える。
するとどうだろう、ついさっきまでジャンクの側にいた"あたし"は一瞬にして消え去った。
ジャンクとシルドラは揃って目を丸くする。
そして次の瞬間にはシルドラはアドミニスに飛び掛かっていた。
『何すんだよ!!俺達が罪を償うから…ナヅキには何もしねぇって言ったじゃねぇか!ふざけんなよ!!ナヅキを、ナヅキをどこにやったんだよ!!』
『冷静になりな、シルドラ・ビハインド。キミは何か勘違いしているようだけど…ワタシはナヅキをラズリエルに残すとは一言も言っていないよ。ナヅキは記憶を全て書き換えて別の世界に送る。』
本当は存在自体消すつもりだったんだから、感謝してほしいね。
金色の目が射るようにシルドラを見る。
シルドラは言い返せずに拳を握り締めて俯いた。
一方ジャンクは悲痛な表情で空を見つめていた。
唇が僅かに動く。
ナヅキ。
そんなジャンクを見た途端、急に浮上する感覚に襲われた。
嫌だ、あんなジャンクを残して目覚めたくない。
そんなあたしの気持ちなんてお構いなしに視界は白んでいく。
そしてとうとう目の前が真っ白になった時、一つの声が聞こえた。
『ナヅキ、他の世界で一人にしちゃってごめんね?』
「…。」
現実味溢れた夢はあっさりと終わった。
那月は二三度まばたきをするとベッドの上で膝を抱えた。
まだ、心臓がどきどきする。
世界の罪人、世界の心、死神長、執刑人。
夢の中での出来事だとしても気になって仕方が無い。
もしかしてあの夢はただの夢じゃないのだろうか。
「目が覚めた?」
「!…ジャンク。」
控え目なノック音に続いてやって来たのはジャンクだった。
…今一番会いたくて会いたくない人。
ジャンクは何かを隠しているような気がする。
ノーアの時だってそうだ、ノーアが何か言おうとした時には珍しく大きな声を上げてノーアの言葉を制していた。
隠されるのは好きじゃない。
ジャンクは自分のために黙っていてくれるのかもしれないけど、やはり言ってもらえた方がいい。
那月は真っ直ぐにジャンクを見つめる。
那月の考えを知らないジャンクはベッドの側に歩み寄ると針金細工のような体を折り曲げて那月と目線を合わせた。
「ナヅキ…ううん、那月。シルドラが手荒な真似をしてごめんね?」
「大丈夫、あたしも混乱しちゃってたから。…ねぇジャンク、教えて欲しいの。」
「何を?」
「世界の罪人って、何?」
那月がその単語を口にした途端、ジャンクは驚いたような、寂しそうな表情を浮かべて呟いた。
「…そっか、もう隠し切れないんだね。」
僕らの気持ちの全てが、優しい君に喰らい付く
(あんな過去、君は忘れたままでよかったのに)
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