僕と人助け



それはタケさんと食料の買い出しに行った時のことだった。
スーパーに入った途端、いつもの倍の速さでどこかへ歩き去るタケさんの背中に向かって溜め息を一つ吐くと、僕はメモを取り出して今日買う予定の食材を探しに歩き出した。
どうせタケさんのことだからお菓子売り場にいるか試食品を食べ歩いているのだろう。(僕の予想では前者、最近新商品のお菓子のCMを食い入るように見ていたしね)
どうせもうすぐすればあっちから僕の方へ来るだろう。
…はあ、僕も大分この非日常に慣れてしまったようだ。
本日二度目の溜息を吐きつつ髪をかき上げると後ろからぽん、と肩を叩かれた。
…タケさんだろうか、案外早いな。
そんなことを思いながら振り返ると予想もしなかった人物が立っていた。



「…え、」

「Guten Tag,schoene Dame.」



黒いハットを被った金髪長身の外国人男性がにこりと笑む。
そう、僕の肩を叩いたのはタケさんではなくこの外人さんだったのだ。
外人さんの話す言葉に、学生のとき、短期留学で訪れたとある国での記憶がよみがえる。
そんな僕にはお構いなく、外人さんは僅かに腰を屈めて目線を合わせるとゆったりとした調子で話し始めた。



「Wissen Sie, wo in der Kasse?」



一言一言を丁寧に発音してくれているのが分かる。
この言語は、ドイツ語だ。
今思えばなんでフランス語じゃなくてドイツ語を履修していたのかよくわからない。(だって、香水ならフランスだもの)
だけどこの時ばかりは助かったと思わざるを得なかった。
きっと、この人は困っている。
僕は微かな記憶を頼りに言葉を紡ぐ。



「あ、と…Es ist neben dem Brot-Shop.」



…これであってるだろうか。
不安になりながらちらりと外人さんを見上げる。
すると外人さんは少し沈黙した後、にっこりと笑みを浮かべた。
どうやら僕は彼が望んだ答えを言うことが出来たらしい。



「Danke, schoene Dame. Ich heisse Gilbert・Wagner. Wie heissen Sie?」

「い、Ich heisse Hina・Kogami.」

「Es ist ein schoener Name.」



爽やかにそう言ってのけた彼に僕は思わず目を丸くした。
いや、だって普通男相手にそれは言わないもの。
何度か弁解をしようと思ったのだけれど彼…ジルベールさんのペースに乗せられ、ついにかなわなかった。



「Auf Wiedersehen,Frau Kogami.」



ちょっと会話を続けた後、ジルベールさんは去って行った。
Auf Wiedersehen,Frau Kogami.
さようなら、鴻上さん。
日本語に訳すならそうなる訳だけど、Frauは女性につける敬称だ。
それに加えよく言われてたDame…。
僕はまた、女性と間違えられていたようだ。
ジルベールさんにも悪気はなかっただろうし仕方がない。(あったとしたら流石の僕でも怒るよ)
でも…そんなに女っぽいかなあ。
溜め息をひとつ零したとき、視界の端で赤いものが動いた。



「ヒーナちゃん!」

「…タケさんですか。」



赤いもの、ことタケさんは背中の後ろに何かを隠しながらにやにやしていた。
どうせお菓子か何かだろう。
僕はため息を一つ零すとカートを顎で示す。



「よっしゃ!ヒナちゃんってば太っ腹!」



カートに入れられていくお菓子を眺め、僕はぴたりと停止した。
カートに溢れかえるのは、ドイツ製のお菓子。



「たまにはこういうのも食いたくてさー。いやあ、ありがとなヒナちゃ…」

「却下。」

「…え?」

「日本製のお菓子じゃないのなら買いません、棚に戻してきてください。」

「え、え、ちょっとヒナちゃん!?」



焦ったようなタケさんを無視して僕はカートを押し、残りの食材を買いに歩き出した。
ごめんねタケさん、今日はちょっとそれを買ってあげる気分に僕はならない。





END

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