(万事屋)

持ち込んだ食材を前にどうしようかと思案する。白菜、人参に玉葱。それから牛蒡とさつま芋もある。
どれも使いかけの食材ではあるが、それでも十分な量だ。ここのところ貧窮を極めている万事屋にとっては贅沢品にすら見える。
もとは志村家にあった食材なのだが、お妙と新八の二人だけでは食べきれない分を万事屋に持ってきたのだ。
腐らせるのは勿体無い。そう言って微笑んだお妙は、もしかしたら万事屋の今の経済状況を察していたのかもしれない。
そんな現状に新八は溜息をこぼして、改めてその食材を手に取る。
今日は寒いし、豚汁でも作ろうか。
冷蔵庫に残しておいたなけなしの豚肉の存在を思い出しながら、今日の夕食を決める。
恐らくパチンコに出掛けたであろう銀時も遊びに行った神楽と定春も、あと2時間かそこらで帰ってくるだろう。
時計にちらりと目を向けて、新八は袖をまくり水道の蛇口を捻った。

"具は大きめに切るのがいいんだ"
食材に包丁を加えながら、ふいに幼い頃の記憶が蘇る。
昔、自分と姉と、そして父と三人で暮らしていた頃の記憶だ。
昔気質で不器用だった父はお世辞にも料理上手とはいえなかった。
半煮え、焼き過ぎ、その他諸々。全てを暗黒物質に変えてしまうお妙よりはマシだったかもしれないが、それでも不味くて飲み込めないほどのものが食卓に並ぶことは一度や二度ではなかった。
そんな父が唯一得意としていたのが、味噌汁だった。
大きめに切った具材がごろごろ入った味噌汁を父の隣でお椀によそう。
幼い頃の日常だった懐かしい記憶だ。


「…あれ、今日新八が当番だっけか」


ふいに聞こえた声に振り返ると、いつの間にか帰ってきたらしい銀時が台所に顔を出していた。
そのまま棚から取り出したコップに水を注いで、新八の手元を覗き見る。


「なに、どしたの。この具材」

「あー、余ってた食材持ってきたんです。姉上と二人じゃ食べきれないし」

「よくやった新八。てか、何?味噌汁でも作んの?」

「昨日の生姜焼きで余った豚バラ肉が少しあるんで、豚汁にしようかなと思いまして」

「ふーん」


水をごくりと飲み干してコップを流し台に置いた銀時は、寒い寒いと呟いて両腕をさする。
やっぱり外はかなり冷え込むのか、と一人納得しながら、新八は切った具材を鍋に放り込む。


「お前あれだよな。他の料理はぱっとしねーけど、味噌汁だけは美味ェよな」


ふいに、隣に立つ銀時がなんでもない口調で呟く。
その言葉に反応するよりも早く、玄関先からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。


「銀ちゃん新八!雪!雪降ってるアル!!」

「…はぁ〜雪ィ?」


玄関先から響く弾んだ声に返すように銀時が台所を後にする。
二人の声を聞きながら、少し動揺した気持ちを落ち着かせるように、鍋の中でお玉をくるりと回す。
『他の料理はぱっとしねーけど、味噌汁だけは美味ェよな』
ぱっとしないって、味噌汁だけだなんて、失礼な。
銀時の言葉を反芻しながら、いくつかの反論を浮かべる。なのに湧き上がるむず痒い気持ちだけは誤魔化せなかった。


「うおお!今日はめっさ豪華アルナ!」

「神楽、さっさと手洗って、机片付けとけよ」


台所に姿を表した神楽がキラキラとした目で鍋を覗き込む。
その後ろから銀時のゆるい声が続いた。
完成するまで、あと数十分だろうか。鍋の中を眺めながら、新八はわずかに笑みを浮かべる。
二人に食べてもらうこの豚汁が、父の味と同じであればいいとこっそり思った。



(味くらべ)


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