(銀土)



ざーざーと耳障りなその音にゆっくりと目を覚ます。
肌に感じるシーツの感覚と悪趣味な色を放つ枕元のランプ。
寝ぼけた思考の中で、ここが街の片隅にある古いラブホテルであることを思い出す。
僅かに身体を起き上がらせて己の足元に視線を向ければ、ベッドの端に腰掛ける男の背中が目に入った。
あっちこっちに跳ね上がった白髪の男からは細い白煙が伸びている。
こちらに背を向けて煙草をふかすその姿に、土方は足を振り上げて背中に蹴りを入れる。
不意打ちに驚いたのか、間抜けな悲鳴をあげ、男はげほげほと咳き込んだ。


「ってーな!いきなり何しやがんだ!」

「勝手に人の煙草拝借してんじゃねーよ」

「いいじゃん一本くらい。減るもんじゃなし」

「一本減ってんだろうが」

「細かいこと気にする男はモテねーぞ土方くん」

「テメーよりはモテるから心配いらねぇ」

「どういう意味だコラ!銀さんだって天パじゃなかったら超モテるんだからな」


蹴られた背中を撫でながら銀時は唇を尖らせる。
それを鼻で笑いながら、土方はベッドから足を下ろした。
散らばった服を適当に身につけて、銀時の方に手を差し出す。
こちらの意図をすぐに察した銀時は、手に持っていた煙草を土方に手渡す。
それを受け取って慣れた手つきで取り出すと、土方は煙草に火をつけた。
ちらりと部屋の片隅にある窓に目を向ける。
ざーざーとうるさい音をたてて、窓には雨が叩きつけられている。
こちらからはその雨のせいでろくに外の景色も見えない。
今朝見た天気予報では今日は1日晴れのはずだったのだ。
久しぶりの非番で暇潰しに街中をぶらつこうとした矢先、土方は雨に見舞われてしまった。当然、傘など持っているはずもなく。
突然降り出した雨に気休め程度の屋根に避難していたところに、同じように雨に降られたらしい銀時が現れたのだ。
雨宿りと称して銀時が土方をここに連れ込んだのが数時間前。
雨は今も止みそうにない。


「すげー雨」


土方の視線に気付いたのか、銀時も窓に視線を向けてぽつりと呟く。そしてその一言を最後に、互いにどちらも黙り込む。
窓を叩きつける激しい雨音だけがこの部屋に響いている。
短くなった煙草を灰皿に押し付けた瞬間、ふいに銀時に腕を掴まれてしまった。
そのまま抵抗するよりも早く後ろに腕をひかれ、背中からベッドに倒れ込む。
不意打ちに土方が睨みつければ、銀時は身を乗り出す。


「この雨じゃ、まだ帰れそうにねぇな」


白々しい言い訳をこぼして、銀時は土方の首筋をなぞる。
その仕草に土方は僅かに目を細めて、漏れそうになる溜息を飲み込む。
非番だから。偶然暇を持て余していたから。雨が降っているから。
そんな言い訳を重ねてでしか会えない自分たちは、なんて滑稽なんだろう。


「…なに笑ってんの」

「いや、なんでもねーよ」


馬鹿馬鹿しい思考に苦笑を漏らせば、銀時は不満そうに口を尖らせる。
そんな銀時に一層笑みを深めると土方は銀時の髪に手を伸ばす。
うるさいくらいの雨音が耳に馴染んで響いていた。


(雨音しか聞こえない)


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