(銀妙)


ふらふらふわふわとした思考で見上げた空は満天の星空だった。
いつの間にか梅雨前線は江戸から遠のき、季節はすっかり夏が始まっている。
蒸し暑さのせいか、それとも酒による火照りのせいか、うっすら額に汗が滲む。
倒れ込んだ背中はざらざらとしたコンクリートの感触で、少し痛い。
でもさほど気分は悪くなかった。
アルコールによる浮遊感は、人生を幸せにする。多分。


「…こんな所でなにしてるんですか」


ふいに足元から聞こえた呆れたような声に、銀時は首を持ち上げる。
そこには呆れと侮蔑を混ぜたような表情を浮かべるお妙の姿があった。
こんな時間に珍しい、とも思ったが、彼女の職業を思い出し疑問を打ち消す。十中八九、仕事終わりだろう。
ぼんやりと見上げる銀時に痺れを切らしたのか、お妙は大きな溜息をついてこちらに近付く。


「こんな公道で、人の迷惑も少しは考えたらどうなんですか」

「大丈夫だって。ここ端っこじゃん。邪魔になんねーよ」

「…今、まさに私の通行の邪魔してるの分からないのかしら」


オラどけ、と低い声を発したかと思えば、脇腹あたりに思い切り蹴りを入れられる。
ズゴン、と重い音とともに訪れる衝撃と鈍い痛みに、銀時は声も出さず悶える。相変わらずの馬鹿力だ。
脇腹に受けた衝撃に手を当てながら銀時はゆっくりと起き上がる。
さっきまでの酔いはすっかり冷めてしまった。


「いきなり何しやがんだ!」

「こんなところで寝てる銀さんが悪いのよ。なんならもっと目を覚まさせてあげましょうか」

「いや、いいです!遠慮します!っていうかその拳しまえ!」


にっこりと微笑みながらこちらににじり寄るお妙に、ぶんぶんと手を振って銀時は立ち上がる。
その姿に軽い溜息を零して、お妙は握った拳をおろした。
そうしてくるりとこちらに背を向けるとお妙はゆっくりと歩き出す。
その瞬間、きらりと何かが月明かりで反射する。


「まったく。お店に行くのはいいですけど、さっさと帰ってあげてくださいな。家で神楽ちゃん一人なんでしょう?」

「…へーい」


呆れた口調でこちらを注意しながら歩くお妙の後ろについて、銀時はその光の正体に目を向ける。
長い髪を結んだその付け根には、キラキラと光る簪がつけられていた。
決して派手な装飾ではないが、お妙が歩く度に揺れるその装飾が月明かりに反射して光を放っている。
装飾品の価値などとんと分からないが、それでもそれなりの値段がするであろう予想はついた。
銀時は僅かに目を細めて、その簪に手を伸ばす。
触れた瞬間、お妙はびくりと身体を震わせて、驚いたようにこちらを振り返った。


「なっ、なんですかいきなり!」

「いや、高そうなもんつけてんなーと思って」


ほんの少し慌てたように後ろの髪を撫で付けながら、お妙は銀時を見上げる。
そうして僅かに眉を寄せて銀時を一睨みすると、諦めたような溜息をこぼして一歩足を踏み出した。


「いきなり女の子の髪に触るなんて、ほんとに不躾だわ」

「女の子、なんて可愛いもんじゃねーだろ」

「あら、銀さん。ここで永遠の眠りにつきたいのかしら」


手助けしてあげるわよ、とこちらを振り返るお妙の姿に、遠慮します、と引き攣った声で返して、銀時はお妙の隣に並ぶ。
まだ僅かに酒が残っているのか、ふらふらと足元は覚束無い。
そんな銀時に呆れながらも、お妙は銀時に合わせるように歩幅を緩める。
遠くに聞こえる虫の声に耳を傾けて、銀時はちらりと横目でお妙に視線を向ける。
お妙が歩くそのリズムに合わせて、ゆらゆらと揺れる簪。
ふいに浮かんだ思考に、銀時は視線をそらし誤魔化すように己の髪を掻き回した。
"意外と似合ってる"なんて言葉、酔いに任せても言えそうにない。


(簪)


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