(銀銀注意/ホスト金時×弁護士銀時/双子設定)


知らないことなど、ひとつもないと思っていた。
自惚れでもなんでもなく、確信を持ってそう言えたのだ。
ぷかぷかと小さな水槽でたゆたう金魚を眺めて、いつの間にかため息がこぼれていた。
キッチンカウンターにもたれかかるように肘をつき、氷の入った水を軽く揺らす。
アルコールはまだ抜けきってないが、酔いはすっかり覚めてしまっている。

リビングの奥にあるカーテンは僅かに開けた窓から流れる風でゆらゆらと揺らいでいる。
窓の外は薄暗く朝日はまだ顔を出していない。
ふいに時計を見れば、4時を少し過ぎた時間。
すっかり朝帰りが身体に馴染んでしまったと時計を見上げて、残っている水を飲み干す。
カランと氷が涼やかな音を鳴らした。

ホストの仕事を始めてもう何年くらい経っただろうか。
忘れてしまうくらいに、この仕事に慣れ親しんでしまっている。
仕事は楽しいし、酒も女の子も好きだから天職だと思っている。
だけど、たまに、ごくたまに、もどかしく思うこともある。


「…金時?」


ふいに呼ばれた名前にドアの方を向けば、銀時がこちらを見つめていた。
銀時はいつものえんじ色のスーツを身にまとっている。すぐ近くには小さめのスーツケースが鎮座していた。
この時間にかち合うなんて珍しい。


「こんな朝早くに…出張?」

「……まぁな」


カウンターから軽く身を乗り出して問いかければ、銀時は僅かにため息をついてこちらに近付く。
そうして金時の後ろにある冷蔵庫からペットボトルを取り出して、立てかけてあったコップに麦茶を注ぐ。
そうしてコップに口をつける銀時を眺めながら金時は目を細める。
いつからだろう。顔を合わせるのが当たり前ではなくなったのは。
一緒に生活しているはずなのに、ホストと弁護士という活動時間があまりにも違う仕事柄のせいか、銀時と顔を合わせるのはずいぶん久しくなってしまった。
飲みきったコップをカウンターに置いて、銀時は眠そうに目を伏せる。
だけどそれは、銀時のかける眼鏡のレンズに邪魔されて、うまく表情が見えない。
腹の底から湧き出してくる焦燥感に身をゆだねるように、金時は思わず手を伸ばした。


「おわっ、いきなり何するんですか!」


不意打ちで驚いたような声を出す銀時を無視して、金時は眼鏡に手を伸ばす。
そのまま眼鏡を外してやれば、不機嫌そうな表情を浮かべた銀時が目に入る。
生まれてきたときからずっと同じで、ずっと一緒で、分からないことなどひとつもないと思っていた。
同じ遺伝子を持って生まれた当たり前の特権だと信じて疑わなかったのだ。
それが今はどうだろう。
たった1枚のレンズに阻まれただけで、表情も気持ちも見えなくなってしまったような、そんな小さな絶望感を抱えてしまう。

銀時の首に腕を回して、そのまま噛み付くように口をつける。
一瞬、身体を強ばらせた銀時を無視して、さらに身体を密着させる。
いつの間にか抵抗を諦めたらしい銀時に、僅かに身体を離して覗き込む。
そこには不意打ちの口付けに怒ったような、呆れたような表情を浮かべた銀時がいた。


「…香水くさい」

「…ごめんね」


至近距離でこちらを睨みつける銀時に、ほんの僅かに笑みを浮かべて、金時は銀時の肩に頭を寄せる。
ごめんと告げた言葉は、不意打ちの行為に対してのものなのか、それとも別のことなのか、自分の中でもよく分からない。
そのよく分からない感情を読み取るように、耳元でため息をこぼした銀時の腕が背中を撫でる。
以心伝心。ふいにそんな言葉がよぎる。
たったそれだけのことで満たされる自分は、まだあの頃の子供のままなのかもしれない。


(以心伝心)


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