(銀時+お登勢) 玄関を開けた瞬間、吹きつける冷たい風に少しだけ身体を震わせる。 さっさと用事を済ませてしまおうと、お登勢はピシャンと後ろ手に扉を閉めた。 風に合わせてガタガタと音を立てる玄関に、年末年始の休業を知らせる張り紙を取り付ける。 簡単に剥がれてしまわないように注意を払いながら、お登勢はふうと一息をつく。 早いもので、いつの間にか世間は年が明けるまであと2日に迫っていた。 店自体は三が日が過ぎるまでは休みにするつもりだが、やらなければならない事がまだ残っている。 そう、まだ店内の大掃除が終わっていない。 「あ、ちょっと待て、ババア。俺も入る」 さっさと取りかかろうと玄関に手をかけた瞬間、背後からゆるい声が聞こえた。 振り返る間もなく、お登勢の横を通り過ぎ、銀時が店内に入ってくる。 さみーさみーと愚痴りながら、銀時はカウンターの上に持っていた荷物を乱暴に置く。白いビニールの袋がクシャリと小さな音を立てた。 荷物を置いた銀時はさっさと店内に置かれたストーブの前で手をかざしている。 その慌ただしい姿に溜息をつきながら扉を閉めて、カウンターに放置されたその袋の中身を確かめる。切らしてしまっていた洗剤と、煙草だ。 「ったく、買い物くれー自分で行けよ。つーかたまに頼めばいいだろ」 「あの娘は今日は休みだよ。ただでさえ働きづめなんだから、年末年始くらいゆっくり羽を伸ばしてもらいたいのさ」 「羽を伸ばすもなにもあいつ機械(カラクリ)だし。そもそも俺だって年末年始は休みたいんですけど」 「あんたは毎日休んでんだろうが。年末年始くらい働いときな」 「じゃあせめて報酬は!ぜんざいとか汁粉とかぜんざいとか」 「そんなもんあるわけないだろ。報酬云々は家賃きっちり払ってから言いな」 「んだよ。払ったじゃん、先々月の分」 「先月分と今月分の滞納がある限り払ったとは言えないんだよ、この穀潰しが」 不満げに口を尖らせる銀時に呆れの溜息を零しながら、煙草のパッケージを破る。 カートンから一箱だけ取り出して、残りはカウンターの下にしまっておく。 箱から一本煙草を取り出して火をつけた。途端に細い白煙が天井へと上っていく。 「……なぁ」 「なんだい」 「それ、一本くれよ」 いつの間にかカウンター席に腰掛けた銀時が、お登勢の手に持つ煙草を指差した。 珍しい、という素直な感想を頭によぎらせながら、箱から一本だけ差し出す。 銀時がそれを抜き取るのを確認して、ライターを放り投げた。 ライターをキャッチした銀時が慣れた手つきで煙草に火をつける。 白煙がさらにもう一本、天井へと上っていく。 「…やっぱあんま美味いモンでもねーな。俺ァ、糖分の方が何倍もいい」 「ゆすっておいて文句言ってんじゃないよ」 「糖分がねぇっつーからこれで我慢してやってんだろうが。ありがたく思いやがれ」 「偉そうな口叩く暇があんなら、さっさと家賃払いな」 「それとこれとは別問題じゃん」 何が別問題か、と呆れるお登勢とは裏腹に、銀時は煙草をくゆらせている。 その姿に再度漏れそうになる溜息の代わりに、ふう、と煙を吐き出した。 そうして灰皿に煙草を押しつける。 「それ吸い終わったら、ここの掃除手伝いな」 「はぁ!?買い物に飽き足らず、また俺をこき使うつもりか」 「掃除の手伝いをしてくれりゃあ、家賃の催促もう2週間待っててやるよ」 「…それってつまり拒否権ねーじゃん」 げんなりといった表情で白煙を吐き出す銀時を鼻で笑いながら、お登勢はもう一本煙草を取り出す。 二つの煙が天井に上って溶けていった。 (メルトスモーキング) ←戻る |