(万事屋/CC大阪104無配) 机の上に足を乗せて、そのまま立ち上がる。 いつもより高い目線で見下ろしてみれば、見慣れている万事屋もどことなく新鮮に思える。 机の上に乗ったことで手が届くようになった額縁を人差し指でそっとなぞってみる。案の定、一年分の埃がなぞった人差し指に付着していた。 その埃を、ふう、と一息で吹き飛ばして、銀時はあらかじめ硬く絞っておいた雑巾を広げた。 正面にある窓の向こうで、びゅうと強い風が吹いたかと思えば、ほぼ同時にガタガタと窓は音を立てる。 遅かった冬の訪れを取り返すように、ここ数日、急激に冷え込む日々が続いている。 お世辞にも防寒設備が整っているとはいえない万事屋の室内温度はかなり低い。もっとも、今は水に濡れた雑巾を持っているから余計にそう感じるのかもしれないが。 よりにもよってこのくそ寒い日に、なぜ大掃除なんて敢行したのか。まぁ、提案したのは自分だが。 そんな意味のない自己ツッコミを脳内で繰り広げながら、銀時は小さく息をついた。 年内最後の依頼を終わらせて、今日から臨時休業となる万事屋では、年末恒例の大掃除が行われていた。 実質的にはこれが最後の仕事納めともいえるだろう。 この一年を振り返ると、長いようでやはり短かったように感じる。 「銀さん、厠の掃除終わりました」 「…おう」 事務所に顔を出した新八に答えつつ、額縁を拭き終えた銀時は机の上でしゃがみこむ。 そうして新八に向けて雑巾を放り投げてみせた。それを当然のように受け取った新八が、足元に置かれたバケツのふちに雑巾をかける。 それを見届けて、銀時は机から降りる。 「あとは…炊事場回りくらいですかね」 「そうだな。つっても神楽達が帰ってこねーとなんもできねーけど」 「…そういえば切れたんでしたっけ、洗剤」 ここにはいない神楽と定春の姿を思い浮かべながら、銀時はちらりと時計に目を向ける。 買い出し組が出かけて一時間弱は経っただろうか。徒歩十分程度のスーパーなら、そろそろ帰ってくるだろう。 「前から思ってたんですけど、意外ですよね」 「あ?なにが」 「銀さんの方から年末の掃除を提案することです」 こういうの誰よりも面倒臭がって、ないがしろにしそうなのに。そう呟きながら、新八は中央のローテーブルに並べられた洗剤や雑巾を片づけている。その背中を眺めつつ、銀時は腕を組み背後の机に軽くもたれかかった。 そのままぐるりと万事屋の内装に目を向ける。 「…掃除は嫌いだが、大掃除は嫌いじゃねェんだよ」 「…なにがどう違うんですか」 いまいち腑に落ちていない表情を浮かべている新八に、銀時は僅かに笑みを浮かべる。 床にも壁にも、そして柱にも。年季の入ったものから比較的新しいものまで。万事屋の至るところに大小さまざまな傷跡がついている。 そのひとつひとつの傷跡には取るに足らない、くだらないエピソードが詰まっている。一年の締めくくりの大掃除にかこつけて、それらを振り返ってみるのも悪くない。 なんて、そんな理由は口が裂けても言えはしないが。 「銀ちゃん!新八!外、雪降ってきたアルヨ!」 ふいにガラリと勢いよく戸が開けられる音とともに、興奮しきった声が飛び込んでくる。 玄関に顔を出してみれば、頭に雪を乗せたまま目を輝かせる神楽の姿があった。 神楽の後ろからのそのそと顔を覗かせた定春が、毛についた雪を払うようにふるふると身体を震わせる。どうやら外はかなり雪が降っているようだ。 呆れの溜息をついて銀時が神楽の頭についた雪を軽く払う。その隣にいた新八が苦笑を浮かべながら神楽からスーパーの袋を受け取った。 「みんなで雪合戦するアル!」 「さっき降り始めたばっかなら、そんな積もってるわけねーだろ」 「それ以前に大掃除終わってないからね、まだ」 帰ってきて早々、外で遊ぶ気満々の神楽を新八がなだめつつ、二人と一匹が廊下を進む。 その背中に続きながら、銀時は口元を隠すように手をかざして僅かに笑みを浮かべた。 寒いし、雪だし、外に出るのは億劫だ。確かにそう思う。でも。それでも。 この大掃除が終わったら、今年最後のイベントとして雪合戦にしゃれこむのも悪くないかもしれない。 (年暮れメモリー) ←戻る |