(銀+土/土誕のときの二人)



晒したままの腕にひやりと冷たい風が撫でる。
その肌寒さに無意識のうちにぶるりと身体が震えて、同時に眠っていた意識が覚醒する。
ぼやけた思考のまま手探りで辺りを伺えば、ツルツルとした感触の何かに触れた。
うっすらと目を開ければ、その何かは半透明のビニール袋に詰められたゴミだとすぐに気付く。
今の状況となけなしの昨日の記憶を整理しようと、銀時は僅かに上半身を浮かせる。
が、その瞬間ぐわんぐわんと響くような鈍い頭痛に襲われ、ぱたりとまたゴミ袋のベッドに倒れ込んでしまった。
お約束のような二日酔いの痛みに銀時は眉を顰めて、なんとか昨日の記憶を手繰り寄せる。
昨日は確か長谷川さんと飲んでいたはずだ。奢りだというのでしこたま食って飲んだことは覚えている。
しかし辺りを伺えど長谷川さんの姿は見えなかった。酔っ払った自分をゴミ捨て場に放置するとは薄情なやつめ。
そんな愚痴を浮かべながら、銀時はゴミ袋を背にぼんやりと空を見上げる。
寝ている間に夜が明けていたようで、夜空が消えて白みがかった薄灰色の空が広がっている。しかし朝というにはまだ薄暗い。
まだ上りきっていない太陽の気配を僅かに感じながら、銀時は堪えきれず欠伸をこぼす。
昨日の酒がまだ抜けきっていないせいか起き上がるのも億劫だ。
帰るのはもう少し後でもいいだろう。まだ早朝だし。
そんな言い訳を脳内で浮かべつつ銀時は目を閉じる。


「……オイ」


ふいに頭上から聞こえた声。
その声に反応するよりも早く、その瞬間漏れだした殺気と風を切る音に銀時は反射的に身をよじらせる。
驚いて目を開けば、銀時がさっきまで寝そべっていた所に抜き身の刀が下ろされていた。
頭上から確かに聞こえた舌打ちに顔を上げれば、つまらなさそうな顔をした男がゴミ袋に突き刺さったままの刀を抜いて鞘に戻している。
単なる知人というには知りたくもないことを知りすぎている、真選組の副長、土方十四郎だ。


「ちょ、いきなり何しやがんだァァァ」

「不法投棄された粗大ゴミがあるって通報があってな。面倒臭ェから処分してやろうかと…」

「誰が粗大ゴミだ。失礼なこと言うなコラ」

「似たようなもんだろうが酔っ払い」


しれっと辛辣な言葉を投げつける土方は、火をつけた煙草をくわえて溜息と共に煙を吐き出す。
その白煙をなんとなく見送りながらゆっくりと身体を起こす。
土方の悪趣味なちょっかいのせいで、残っていた酔いはすっかり冷めてしまった。


「テメーもいい加減、人様に迷惑にならねーような飲み方を覚えろや。またひとつ年くったんだろ」

「あれ、なんで知ってんの俺の誕生日」

「テメーが散々アピールしまくったんだろうが!俺の誕生日にしつこく付き纏いやがって」

「あー…そうだっけ」


土方の言葉に過去の記憶を手繰り寄せる。
そういえば誕生日なのに一人寂しく飲んでいたこの男に集った気がする。祝ってやるから奢れ、みたいなノリで。
そのときのことを覚えているとは、相変わらず律儀な奴だ。


「なに、土方くんが祝ってくれんの?」

「誰が祝うか。だいたいこんなとこでくだ巻いてる暇あるなら、さっさと帰れよ」

「あー?」

「どうせガキどもが待ってんだろ」


溜息と共に完全に呆れきった目をした土方がこちらを見下ろす。
さながらそれは日曜日にだらけるダメ親父に向けるような視線に似ている。
その視線に鼻を鳴らしながら、銀時は己の髪を撫で付けた。
ゴミ袋を枕にして眠っていたせいか、いつも以上にあっちこっちに跳ね上がっている気がする。


「…羨ましいだろ」

「はぁ?」

「祝ってくれるガキどもがいて」

「…バカじゃねーの」


惚気も大概にしろ。
そう言って呆れ半分な笑みを浮かべると、土方は短くなった煙草を地面に投げ捨てる。
そうして踵で煙草の先についた火を消すと、銀時に背を向けて一歩足を踏み出した。が、一瞬の逡巡のあと土方は右ポケットに手を突っ込む。
そしてそのポケットから取り出した何かをこちらにぽいと投げつけた。
その投げつけられた何かを反射的に受け取って、銀時はぱちりと目を瞬かせる。


「じゃあな、酔っ払い」


そう一言告げて土方はさっさと立ち去ってしまう。
その小さくなっていく後ろ姿をぼんやりと眺めて、一人残された銀時は投げつけられたそれに目を向ける。
5センチ角程度のビニール袋の中に大袈裟なほどの宣伝文句が並ぶ小さな紙と見慣れない飴が入っている。おそらく新商品の試供品か何かだろう。


「…どうせくれんなら飯とか奢れよな」


高給取りのくせにケチくさい。
そんな口だけの悪態を吐き出して銀時は僅かに笑みを浮かべる。
素直に奢る土方なんて想像できないし、らしくなさすぎて気持ち悪いだけだ。
固まった身体をほぐすようにぐっと伸びをして銀時は緩慢な動作で立ち上がる。
そして試供品のその飴を取り出すと口の中に放り込んだ。味は悪くない。


「…家に帰るとしますか」


明るくなり始めた空を見上げてそう呟く。
帰ったら真っ先に飛んでくるのは朝帰りをした自分に対する罵倒だろうか。だけど今日は多分それだけじゃないはず。
待ち受ける二人と一匹の姿を想像して、そのこそばゆい感覚に堪えきれず頬が緩む。
あぁ、悪くない誕生日だ。




(宵の明朝)


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