(土誕/原作設定/銀+土) ジメジメと張り付くような湿度がじわりと肌を撫でる。春という割には立ち込める熱気の煩わしさに舌打ちを一つ。 見上げた空は薄い雲が覆われて星1つ見えやしなかった。明日は雨が降るのかもしれない。 「副長お疲れ様です!」 「あぁ」 ようやく到着した隊士の声を背に、血に染まった刀を軽く拭う。 着物は少しばかり返り血を浴びてしまったかもしれないが、もともと黒なのであまり目立つこともないだろう。 足元に倒れている攘夷浪士に軽く蹴りを入れてみれば、低い呻き声をあげた。 地面に転がる攘夷志士は5人。 たったそれだけの人数で真選組の幹部を襲おうなんて、舐めてるとしか思えない。 恐らく桂や高杉といった大きな勢力のものではなく、ゴロツキに毛が生えた、いわば小物な連中だろう。 しかし、利用価値はないわけではない。 多少派手に暴れた自覚はあるが、致命傷は外している。まだ話くらいは出来るはずだ。 「こいつらをさっさと連れてけ。そんで親玉について吐かせろ」 「はい!」 倒れ込む攘夷浪士を数名の隊士たちが抱え、車内に無理矢理押し込んでいく。 現場に駆けつけたのは3台のパトカー。 応援を呼んだのは土方であるが、大袈裟にするなと言付けていたはずなのに。 おおよそ、パトカーの配置を指示したのはやたら心配症な近藤だろう。 物々しい空気に真っ暗だった民家がちらほら明かりを照らしている。 もしかしたら、また苦情の種になるのかもしれない。 厄介だ、と溜息をついて、近くに止まっていたパトカーを背に、土方は煙草に火をつけた。 吐き出された煙は星もない夜空に上っていく。 「副長もツイてないっスねぇ」 ふいに背後から聞こえた声にちらりと視線を向ければ、運転席から山崎が顔を覗かせていた。 僅かに憐憫の目を向ける山崎に、土方はふんと鼻を鳴らして煙草を銜えた。 ツイてない。そうかもしれない。 数少ない非番の日に浪士どもの諍いに巻き込まれるなんて、確かにツイてるとは言えない。 「山崎」 「はい、なんでしょう」 「後始末はテメーに任せた。報告書も適当に作っとけ」 「ええええ!俺がっスか!?」 「俺ァ、今は非番だからな」 短くなった煙草を地面に投げ捨てて、もたれかかっていたパトカーから身体を離す。 嘆きの声をあげる山崎を無視して、現場から離れるべく足を踏み出した。 角を一つ曲がれば、先程の喧騒が嘘のように、一気に静けさが増す。 並び立つ民家は皆灯りが消え、古い街灯の明かりだけがチカチカとこのあたりを微かに照らしている。 さて、気を取り直して、軽く飲みにでも行こうか。 一瞬、そう考えたが、着物が血で汚れていることに思い当たり立ち止まる。 黒で目立たないとはいえ、さすがに店側に迷惑がかかるかもしれない。 面倒だが、一旦屯所に戻った方が得策だろうか。 煩わしさに舌打ちを零して、道を引き返そうとしたその瞬間、後ろから間延びした声が聞こえた。 「あれぇ、土方くんじゃん」 あぁ、やっぱり今日はツイてないのかもしれない。 視界に入った男の姿を捉えた瞬間、反射的にそう思う。 腐れ縁というか、なんやかんや関わりの絶えない万事屋の坂田銀時である。 無意識に思ったことは表情にも出ていたのか、男は文句ありげに近付いてきた。 「お前さァ、会うなりその嫌なもの見た、みたいな顔すんのやめてくんない。失礼だろーが」 「…うるせーな。酔っ払いに絡まれりゃ誰でもこんな顔になるわ」 覚束無い足取りでこちらに近付き、文句を垂れる銀時の顔は僅かに赤らんでいる。 どこからどう見ても完全に出来上がっている。 これ以上の面倒事はごめんだと、立ち去ろうとしたが、それよりも早く銀時が土方に更に一歩近付く。 予想外の行動に一瞬だけ身体を強ばらせる。 「んだよ。つーか酒クセーんだよ酔っ払い」 「なに、お前こんな時間まで仕事してたの?」 「はぁ?」 「血の匂い」 そう一言だけ告げて、銀時はひくりとしゃっくりをこぼした。 酔っ払いの癖に鼻が利く奴。 土方は僅かに目を細めて、銀時を押しのける。 そのまま足を踏み出せば、すぐ後ろから銀時がついてくる気配がした。 「誕生日にこんな時間まで仕事なんざ可哀想な奴だなお前も」 「…なんでテメーが俺の誕生日知ってんだ」 「オメーんとこの大将が言いふらしてたぜ。だから午前中しかストーカーできねーつって」 「…朝、姿見ないと思ったら、やっぱりか」 呆れの溜息をついて、煙草を取り出す。 そのまま足早に立ち去ろうとしたが、それに合わせて銀時はひょこひょこと一定の距離を空けて土方の後ろを歩いている。 「んだよ。ついてくんなっつの」 「オメーどうせ仕事終わりに飲みにでも行こうとしてたんだろ?仕方ねーから奢られてやるよ誕生日だしな」 「なんだその上から目線。つーかただのたかりじゃねーか、ふざけんな!」 「まままま、なんなら銀さんがハッピーバースディ歌ってやっから」 「いるかそんなもん」 てこでもついてくるつもりらしい銀時の気配を背中に感じながら、土方は眉根を寄せる。 やっぱり今日はとんだ誕生日だ。 諦めにも似た溜息をついて、土方は煙草を噛み締める。 銜えたその煙草から伸びた白煙が空に上っていく。 一定の距離を空けて並ぶ二人を、姿を見せない月だけが見ていた。 おまけ じゃこさんにイラストにしていただきました! ほんとにありがとうございます;; (ツキのない夜) ←戻る |