(銀妙/完結篇/原案はじゃこさんから頂きました) あの世というのはもっと華やかなものだと思っていた。 それが妙が目を開いて真っ先に思ったことである。 意識が浮上した妙がただずんでいたのは、なにもない真っ暗な空間だった。 暑くもなければ、寒くもない。 辺りに広がるのは暗闇だけ。 なんとなしに己の手を眺めてみる。 暗闇にしてはやけにはっきりと自分の姿が見えた。 緑に囲まれた美しい風景など、しょせん人間の妄想に過ぎないのだろう。 それともここは地獄なのだろうか。 こんなに清廉潔白な人間を地獄に寄越すなんて神様はどうかしている。 そんなくだらないことを考えながら、妙は一歩足を踏み出す。 いろいろなことが起こり過ぎた。 たった一つの病原菌でこんなにも地球がボロボロになってしまうとは。 情けないったらありゃしない。 もちろん、情けないのは自分自身も含めて。 結局、新八も神楽も置いてきてしまった。 それが、悔しくて、悲しい。 「…どうかされましたか」 ふいに背後から聞こえた声に、妙はゆっくりと振り返る。 てっきり自分以外の人間はいないものかと思っていた。 振り返った先にいたのは、見知らぬ男性だった。 砥粉色の美しい髪をなびかせて、穏やかに微笑んでいる。 年は壮年といったところか。漂う雰囲気から、きっと手練れの侍なんだろうと見て取れた。 柔和な笑みを浮かべるその人に小さく会釈をして、妙はその隣に並ぶ。 初対面のはずなのに、どこか懐かしさすら覚えるのは何故だろう。 「いろいろと振り返っていたんです昔のこと」 「そうでしたか」 「…後悔しないようにって毎日生きてきたつもりだったんですけど」 「後悔?」 続きを促すように言葉を繰り返すその人に返すように、妙はゆっくりと頷く。 最愛の母親と父親を亡くして、まだ幼い弟を護るためには振り返る余裕などなかったのだ。 それが辛いだなんて思ったことなどなかったし、思うことなどないだろうと思っていた。 今、この瞬間までは。 「…だめですね。こうやって何もなくなってしまうと、ああすればよかった、こうすればよかったって」 「………。」 「道場の復興も果たせずに、お父上に叱られてしまうわ」 「………。」 「阿音ちゃんとナンバー1を争っていたのに結局勝負はおあずけになってしまったし、九ちゃんとのお買い物デートもそう」 「………。」 「新ちゃんと神楽ちゃんの成長を最後まで見届けられなかったし、あの人も…もう一発くらい殴ってやればよかった」 次々と浮かんでくる後悔に苦笑しながら、妙は目を細める。 ーーーああ、私、もっと生きたかったのね。 「それでいいじゃないですか」 妙の思考を遮るように男が言葉を紡ぐ。 その言葉に隣を見上げれば、彼はニコニコと楽しそうに笑っている。 「神様じゃないんです。私たちは人間なんですから。後悔だって必死で生きてきた証拠ですよ」 「…生きてきた、証拠」 「……なんて、私自身に言い聞かせていることなんですがね」 そう言って男はいたずらっぽく笑う。その笑みにつられるように妙もこっそり笑った。 不思議な人だ。 彼の紡ぐ言葉はすんなりと脳内に浸透していくようで心地良い。 「あなたも後悔を…?」 「そうですねぇ。結局、私はあの子たちを置いてきてしまいましたから」 「…お子さんがいらっしゃるんですか?」 「いえいえ。実の子供ではなく、出来の悪い弟子たちがね」 お弟子さん…?と紡ごうとした声は、突如聞こえた大きな物音に遮られる。 ドスン、と何かが落ちてきた音。 思わずその音の方を振り向き、妙は目を見開く。 黒を基調とした装束を身に纏い、拳大の数珠から幾つもの札がたなびいている。老人を思わせる真っ白な髪が、あっちこっちに飛び跳ねていた。 見慣れない格好をしているが間違いない。 落ちてきた男は、坂田銀時だ。 そう認識した途端、妙の身体は無意識のうちに動き出す。 座り込む銀時の元へと妙は駆け寄った。 「あだだだだ、んだよここは……ってアレ?お妙?オメーなんでここに…ぶべらっ」 「テメーは何、勝手に死んどるんじゃああ!」 こちらを認識したその間抜け面に思い切りアッパーカットを食らわせる。 倒れ込む銀時に馬乗りになって、もう一発食らわせようとさらに腕を振り上げた。 が、寸でのところで銀時に受け止められてしまった。ちっ。 「いきなり何しやがんだァァ!」 「散々、護るだなんだ格好つけておいて、なんですかこの体たらくは。もたもたするから私、死んじゃったじゃないですか!」 「いや、ちょ、銀さんは銀さんで頑張ったんだよ?そこを労わるって気持ちはねーのか!」 「あるわけないでしょう。約束も護れない侍なんて私は認めないわ」 「ほんとかわいくないのな!知ってたけど!」 「新ちゃんも神楽ちゃんも散々泣かせて。一回死んでしまえばいいんだわ」 「いや、もう死んでる…し、………っ」 こちらに言い返してくる言葉は不自然に止まる。 胸倉を掴む妙の後ろに視線を向けて、銀時は息を飲んだ。 つられるように振り向けば、先ほどの男がこちらを見て微笑んでいる。 「…そろそろ時間のようだ」 穏やかに告げるその声に疑問符を浮かべる妙に、男は妙の足元を指差した。 それに合わせるように視線を向ければ、足元からゆっくりと己の姿が消えていくのが見えた。 「…銀時のこと、よろしくお願いしますね」 静かに響くその声が鼓膜に届いた瞬間。 妙の意識はこの世界から遮断された。 霧のように消えていった二人の姿に、男はひっそりと息をついた。 きっと現世へと戻れたのだろう。 彼女も、彼も、待っている仲間の元へと帰っていったのだ。 再び訪れた静寂の中、彼女の表情を思い出す。 この世界に落ちてきた銀時を捉えた瞬間。 彼女は安堵と悲哀を綯い交ぜにした表情で唇を噛み締めていた。 きっとずっと待っていたんだろう。 何年も、彼を。 「…銀時も隅に置けませんねぇ」 そう呟いてカラカラと楽しそうに笑う。 ムキになって否定する愛弟子の声が聞こえた気がした。 (さよならは言わせない) ←戻る |