(銀誕"14/W副長/銀+土)




 今日はなんてツイてない日なんだろう。
 せかせかと動き回る隊士たちを前に、坂田はげんなりと溜息をつく。
 空はどっぷりと暗闇が溶け込んでいて、天気が悪いせいか月や星は一つも見えなかった。
 すっかり冷たくなった秋の風が頬を撫でる。その風に混じる微かな雨の匂い。
―――そういえば台風が近付いてきてるんだっけ。
 毎日欠かさず視聴しているお天気お姉さんの可憐な笑顔を思い出す。
 いくらなんでも台風がやってきてるこのタイミングはないだろう。
 そう内心で愚痴りながら、顔すら分からない密告者に坂田は舌打ちを零した。


 全ての元凶は真撰組に寄せられた一本のタレコミ情報だった。
『幕府官僚である威海星出身の役人の自宅が攘夷浪士である花咲組によって狙われている』
 匿名で寄せられたその情報は、不自然な程、都合のいい情報だった。
 何故なら、花咲組は随分前から真撰組がマークしていた攘夷集団であり、かつ監察の山崎がタレコミ情報とは別の場所でテロを画策しているという情報を手にいれていたからだ。
 匿名のタレコミ情報はこちらを撹乱させるための囮なのかもしれない。
 しかし、その裏をかいて山崎にニセ情報を流した可能性も大いにあり得る。
 果たして、どちらが罠なのか。
 それがはっきりしない限り、片方を無防備な状態にするわけにはいかない。
 つまり、急遽戦力を分散して警備の範囲を広げなければならなくなってしまったのだ。
 それが本来ならば非番だったはずの坂田が現場に駆り出されている原因だった。


「ぼさっとしてねェでさっさと働け」


 ふいに背後から聞こえた声に振り返れば、仏頂面をした男が立っていた。
 同じ副長というポジションに就いている土方だ。非番である坂田を無理矢理現場へと駆りだした張本人でもある。


「働いてますぅ。ってゆーか本来なら休みなんですけど俺」

「どうせテメーは非番じゃなくてもしょっちゅうサボってんだろ。こういう時くれー働いとけ」


 坂田の訴えを流しながら、土方は懐から取り出した煙草に火をつける。そうして坂田の隣に肩を並べると、すう、と白煙を吐き出した。
 土方が指揮していた持ち場の後処理はもう終わったのだろう。当然と言えば当然かもしれない。結局、二手に分かれた現場に、襲撃があったのは坂田が指揮していた持ち場の方のみ。
 大きな被害は免れたとはいえ、襲撃があったものとなかったものじゃ、後始末の面倒が数段違う。
 もう何度目かの溜息をついて、坂田は血で染まったスカーフを取り払った。


「副長さんが来たならもういいだろ。帰っていい?俺、もう帰っていい?」

「馬鹿言うな。ここの現場の責任はテメーだろ」

「僕そういうプレッシャーに弱いんで。繊細なんで」

「繊細って言葉の意味を辞書で調べてこい。絶対解釈間違ってっから」


 くだらない応酬を続けているうちに、調書を取り終えたらしい隊士がこちらに近づいてきた。それを受け取り、ざっと目を通す。とりあえずは、これで全て終わりだろう。後は捕縛した攘夷浪士たちから話を聞くだけ。だが、それは明日の仕事であり、かつ坂田の仕事でもない。
 受け取った調書を車に待機していた隊士に渡し、解散の号令をかける。
 ようやく帰れる。疲れと安堵の息を漏らしながら、坂田は己の懐をまさぐる。が、目当てのものは見つからなかった。
―――そういや切らしてたっけ、煙草。
 年中、煙を吐き出しているヘビースモーカーな土方と違って、煙草にさほど執着はないものの、ないと分かると余計に欲しくなるのは人間の性。
 帰りにコンビニでも寄ろうか、と思索しながら、坂田は屯所に戻るべく足を一歩踏み出した。


「―――おい」

「…んあ?」


 ふいに呼び止められて振り返る。同時に土方がこちらに向かって何かを放り投げてきた。
 反射的に受け取ると、坂田は怪訝な表情で土方を見据える。
 土方が投げつけてきたのは、紛れもない土方がいつも吸っている煙草だった。


「…なに、なんのつもり?」

「休日出勤の手当てだ。ありがたく受け取っとけ」

「いや、どうせならもっとこう金銭的なの寄越せや。ブラック企業で訴えるぞコノヤロー。しかもこれ吸いさしじゃねーか」

「文句あるなら返せ」

「まぁ、どうしてもってんなら受け取るけどね!そのへん銀さん優しいから。空気読むから」

「貧乏性なだけだろ、テメーは」


 呆れ口調で呟く土方の横に車が止まる。その運転席に座っていた隊士に二言三言話したかと思えば、車はゆっくりと発進した。
 その車を追うように、土方は踵を返す。そうして後ろ手でこちらに軽く手をかかげると、ゆっくりと現場を離れていった。
 柄でもない、と土方の行動に溜息をついて、土方とは背を向け逆方向に歩きだす。
 チカチカと点滅する古い街灯の下で、坂田は煙草をくわえ火をつける。そうして煙を吸い込めば、決して慣れ親しまない味が喉の奥に広がった。


「…俺この銘柄、あんま好きじゃないんだよなー」


 そんな感想を浮かべながら、坂田はこっそり苦笑を漏らす。
 細い白煙が真っ暗な夜空に混じって溶けた。



(Gift)


←戻る





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -