木兎さんは卒業をしても頻繁にバレー部に顔を出すのだろうと誰もが予想をしていた。根拠なんてひとつもない。ただ部員は誰もが口をそろえて「木兎(さん)だし」と言っていた。だからか俺はこれからも木兎さんに当たり前のように会えるのだと思っていた。安心していたのだ。そんな未来の保証なんて誰もしてくれていないのに。
 木兎さんのいない春が訪れた。春と言えば出会いと別れのどちらも兼ね備えてる季節で、俺は高校一年生の春に木兎さんに出会い、もうそろそろ高校二年生になるけれどそれでもまだ高校一年生だという中途半端な春に木兎さんと別れをした。本当の別れではなく、引退や卒業という別れ。今までは学校内で会える距離にいたというのに、これからは時間や場所を設けなくては会えなくなる。木兎さんは約束事を守れるような人ではないから会いたくなったら勝手に来るのだろうと予想していた。木兎さんは梟谷から少しばかり離れた大学に進んだ。他の先輩方も誰一人として木兎さんと同じ大学に進む人はいなかったため大学での木兎さんのことは木兎さん本人からの連絡でしか把握することができない。しかも木兎さんは実家を離れて一人暮らしを始めたため、部活終わりに偶々すれ違うということすら有り得なくなったのだ。別に寂しいとは思わない。ただ静かだなあと、木兎さんのいない静けさを知ってしまっただけ。木兎さんのいない部活はなんだか少し物足りない。今の部員にわがままを言うわけではなく、ただあの人のような人が周りにいないだけなのだ。だから少し物足りなくなってしまったけどその内慣れてしまう。時間というものはそういうものだ。少しずつ過去の出来事を忘れてしまい、新しい現状が当たり前になってくる。
    結果から言うと、木兎さんは卒業してから梟谷に顔を出すことは一度もなかった。四月はいつ来るのだろうかという少しばかり期待していた。けれど五月になっても六月になっても来ないまま季節だけが流れていき、気が付けば夏休みに入っていた。去年と同様遠征や合宿は他校と合同でやり、とても大変なものだった。春高でまた会おうという約束を交わすのは去年と同じ。違うところと言えば、メンバーが違うところ。春高予選も勝ち上がることが出来て嬉しかったはずなのに、一緒になって喜んで欲しかった人は隣に居なかった。そうして俺は本選に進み、約束通りまた戦うことができた。そろそろ引退も近いというのに木兎さんとは未だ会えないまま。励ましの言葉は一つもなかった。励ましてほしかったわけではないけれど、練習くらいは付き合ってほしかった。前のようにトスをくれと呼んでほしかった。そうして俺は少しだけの未練を残し、当たり前のように引退をしていった。烏野や音駒など、他校の先輩方を何度羨みの目で見ていたことか。その度に黒尾さんやら大地さんやらに木兎さんはどうしてるか聞かれたけれど、そんなのこっちが聞きたかった。他の先輩方は長期期間の遠征やら試合やらで多くに渡り顔を出してくれたのに、木兎さんの薄情者。自分から木兎さんの話しをするのは何だか少し負けた気がするから、誰にも言わなかった。しかしそれが周囲の人たちから見れば強がりに見えたのだろうか。引退した今でも、誰も俺に木兎さん関連の話をしないでくれていた。
「木兎さん、このままじゃ俺卒業しちゃいますよ」
    冬休み間近、俺は木兎さんとよく帰りに寄っていた公園のベンチに一人で佇む。取り敢えず梟谷から一番近い大学を第一志望にし、そこを受験するつもりだった。木兎さんと同じ大学になんて行きたくなんてなかった。会ったところでどんな顔をすればいいんだ。今まで一度も会いに来てくれなくて、それを咎めればいいのか。寂しかったんですよと本音を零せばいいのか。そんなの言えるはずがないだろう。言えるのならとっくに言っている。もう何ヶ月もあなたの声を聞いていない。顔も見ていない。木兎さんとの思い出は、過ごした日々は、とうの昔に過去になってしまった。ため息をひとつ零せば白い息が見える。寒いからもう帰ろうと凍えた手をポケットに突っ込んだ。
「赤葦〜久しぶり!」
    突然のことだった。なぜ今このタイミングで俺に会いに来たのか、わからない。冬休み前日は全校集会をした後ホームルームをして終わり。明日からは冬休みですが、受験生の皆さんは気を引き締めて勉強に取り組みましょうやらそんなことを集会では言われた気がする。実際どうだったかなんて覚えていない。担任から連絡事項をされ、通知表を渡されて終わり。そうしてクラスメイトたちと今年最後の挨拶をして家路につく。つくはずだった。校門の向こう側には木兎さんがいたのだ。
「あれ、赤葦で合ってるよな!?」
「…はぁ、そうですけど」
「なんだよ赤葦元気ねぇなー!」
    そういうあなたは元気そうですね。俺に会いに来ないくらい忙しい日々を送ってたんですか。
    なんてことは言えない。胸の中で一人呟く。この声は届かなくてもいい。木兎さんは以前と何一つ変わらない様子だった。強いて言うなら身長が少し伸びて、見た目だけは大人っぽくなったぐらい。取り敢えず近くの公園に行きましょうと俺が言えば異論はないようで、公園の近くのコンビニで以前のように二人分の中華まんを購入してベンチに座る。
「黒尾から聞いたぜー、主将として頑張ってたってこと!」
「もう引退しましたけどね」
    俺には連絡の一つもくれないくせに、黒尾さんにはしているのか。それだけで胸の中がもやもやしていく。なんで俺にはしてくれなかったんだとか思うのはわがままなのだろうか。
「それより大学はどうですか」
「バレーのサークル入ったんだけどさぁ、すっげぇ楽しいよ!やっぱバレーはいいよなぁ!」
「そうですか…」
    木兎さんはバレーを続けていたのか。サークルに入って。大学での木兎さんについて、初めて知った。多分今聞かなければそれを知ることはなかったのだろう。
「赤葦はどこの大学に行くんだ?」
「第一志望は梟谷から一番近い大学ですね」
「え!?俺と一緒のとこ来ないの!?」
「はぁ?」
「そこは普通木兎さんと同じところです、だろ!?」
「何言ってるんですか」
    本当に何言ってるんだ、この人は。今まで一度も連絡をくれなかったくせに。会いに来てくれなかったくせに。今さら会いに来たと思えばこの発言。何を考えているのかさっぱりわからない。
    木兎さんは何故かは知らないけれど、赤葦は俺と同じ大学に来なきゃダメだとか言い出す始末。これ以上俺を困らせて一体どうするつもりなのだろうか。それとも俺を困らせるために今日ここに来たのか。
「今さら会いに来たと思えばなんなんですか。俺は木兎さんはいつ会いに来てくれるんだろうとかいつ連絡くれるんだろうってずっと待ってたんですよ。なのにずっと音沙汰無しで、久しぶりに会ったと思えば意味のわからないことを言い出して」
「会いにいかなかったのも連絡をしなかったのも俺が悪いけど、赤葦だって連絡くれなかったじゃん。それに俺は卒業した時から赤葦は俺と同じ大学に来るって思ってたのに」
「それはそうですけど」
「また同じチームでバレーしたいって言ったらそうですねって赤葦も言ったじゃん」
    ――それだけでそこまでの解釈をするか普通。
    そもそもそれは木兎さんが梟谷に来てくれれば簡単にできるのではないかと思ったけれど、多分それではダメなのだろう。同じ場所でバレーをする仲間として、チームを組んでまたバレーをしたかったのだろう。それは俺も同じだ。お互いバカだなぁとため息をつくと木兎さんはなんだよぉと拗ねてきた。しょぼくれモードはまだ健在のようだ。仕方のない人だ。木兎さんは要領が悪いのを俺はわかっていたのに、いつまでもバカみたいに待っていて。自分から行けばよかったものの。それでも一人暮らししている木兎さんの家の場所すらわからなかったから会いにいくことはできなかった。連絡先は知っていたけれど、もしかしたら大学生になったのを機に機種変更をしてしまったのかもしれないという不安があった。だから自分から連絡を取るのは少し抵抗があった。最後に会った日に木兎さんは連絡するって言ったから待っていた。その言葉を信じ続けていた。
「木兎さん、俺にトス呼んでくれますか」
「おう!」
「俺も一緒にバレーしたいです」
    そう言って笑えば、木兎さんは俺の答えをイエスと勝手に判断したのか大袈裟に喜んだ。その答えは正しかったから何も言えまい。これからはまた毎日のように木兎さんに会えるのかと思うと、自然と頬が緩んでしまったのはきっとバレてないといい。木兎さんの住んでいるアパートはここから六駅先のようで、もしよければ大学からもそこからのが近いし一緒に住まないかと言われるのはもう少し後のこと。

巡り合う混ざり合う/150118



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