いつからだろう。リエーフが隣で寝ていることに違和感がなくなったのは。すやすやと、俺の隣で寝るのがさも当たり前のように熟睡しているリエーフがいるのがなんだか少しだけ気恥ずかしくて、おい、と体を揺さぶれば少しだけ反応を見せる。それでもまだ寝ていたいのか起きる気配はない。仕方のない奴だなあと俺はため息をつき、それでもリエーフにずっと声をかけ続ける。どうせ寝ているリエーフには届きやしないのかと思うと何だって言えてしまう気がするのはなぜだろう。不思議だ。

「おいリエーフ、起きろ。なんで俺のベッドで寝てんだよ。俺だって部活終わりは疲れてんだから眠いんだってば。なあ、リエーフ」

 リエーフは相変わらずすやすやと気持ちよさそうに寝ている。自分のベッドはリエーフには少しばかり小さいんじゃないんだろうかと思うのに、そんなことを考えさせないない熟睡っぷりだ。そもそもリエーフが俺の家に行きたいと言っていたはずなのに、何の用があったわけでもなくただ寝るために来たのだろうか。俺の家はお前の睡眠のために用意されているわけではないと怒りたくなってきた。

「リエーフ、まだ寝てんのか? …いつまでも寝てると襲っちまうぞ」

 それはちょっとした好奇心で口にしただけで本当に襲うつもりなど微塵もない。それでもこの台詞は何だか言ってみたくなったのだ。よくドラマや漫画ではなんの恥ずかしさもみせないが、実際は全然違うじゃないかと訴えたくなるほど恥ずかしくなる台詞だった。言わなきゃよかったと後悔しつつも、まあ寝ているこいつにはそれすらも届いていないんだろうと思えば幾分か気が楽になる。
 そんな時、すっと腕が後ろから伸びてきた。夜久は今リエーフが寝ているベッドに寄りかかっている体制だったから、リエーフが起きているなんて気がつきもしなかったのだ。本当は夜久に起こされたときから少しずつ目が覚めて、たぬき寝入りをしていたら夜久があんな小っ恥ずかしいことを言ってきたのだからリエーフはとてもびっくりした。あの夜久が自分からあんなことを言ってくるなんてもう一生聞けるか聞けないかぐらいのことではないだろうか。

「夜久さん、おはようございます」
「なっ、お前いつから起きてたんだよ!」
「夜久さんが俺も眠いんだよって言ってきた辺りからでしたっけ」
「起きてんならさっさと返事しろ!」

 夜久の顔は驚くほど真っ赤に染まっている。夜久の顔が見えないリエーフにでもそれがわかってしまうくらいだ。耳まで赤く染まっている夜久は一体どんな気持ちでどんなことを考えているのだろうとリエーフは考えているだなんて夜久は全く気がつきもしない。
 リエーフが起きていたということは、自分のあの小っ恥ずかしい台詞を聞かれていたということだ。その事実が夜久を大変困らせていた。たぬき寝入りなんて、どこで習ってきたんだと問い詰めたくなるほどに。しかし今の夜久にそんなことを言う勇気などない。リエーフの顔を見てしまったら、目が合ってしまったら、それこそ穴があるなら入りたいという気分だ。実際はこの部屋に隠れられる場所なんて用意されていないけれど。

「ねえ、さっき言ってたことって本当ですか?」
「な、にが」
「だから襲っちまうぞってやつですよ」

 嘘に決まってんだろと怒鳴ることができたはずなのに、それができなかった。俺はただでさえ真っ赤に染まっているであろう顔がさらに紅潮していく気がしてままならない。しかもリエーフがそんなことを言うもんだから、夜久は驚きのあまり後ろに振り返ってしまいリエーフとばっちり目が合ってしまう始末。
 ――逃げられない。
 夜久はただそう思った。どうなんですかと問い詰めるような視線に耐えられないのに、リエーフの目は俺を逃がしてなんかくれない。「嘘に決まってんだろ」と、小声でぼそぼそと呟く。リエーフはそれに対してなんにも返事はしない。返事はしないくせに、俺の頭に手を伸ばしていきなり撫でてくるのだ。もう高校三年生なのに、なぜ自分よりも年下の男に頭を撫でられなくちゃならないか誰か教えてくれないだろうか。

「夜久さん、かわいい」

 こいつは何を言ってるのだろうか。意味がわからない。いつもなら絶対に上手になんとかできるのに今日はなぜかそれができなかった。これっぽっちも、気持ちが隠せなかった。自分はリエーフみたいに思ってることを全て相手に伝えるような馬鹿ではないのに、今この瞬間だけは絶対に自分の気持ちが全てリエーフに筒抜けな気がしてならない。その予想は多分当たっていて、リエーフは俺に向かってかわいいを連呼しまくる。俺が何も言わないのをいいことに、落ち着いたら絶対に仕返しをしてやると考えていたって今この状況はなにも変わらない。
 俺はリエーフの腕を引っ張って無理矢理ベッドから退かす。なんで?と言いたげな顔をしてて俺からしちゃあざまあみろって感じだ。布団を思いっきり被ってしまえばこれで俺の顔がどんなに赤かろうがあっちに見えなきゃ関係ない。やっとベッドに寝転がることができたからか、部活の疲れがどっとくる。ひとつ大きな欠伸をしてからリエーフにおやすみと叫べば文句が聞こえてきたが今は聞こえないふりだ。お前だって俺をそっちのけで寝ていたからこれで五分五分。こんなことを考えている俺はまだまだ子供だ。

「夜久さん! 寝ちゃダメです!」
「うるさい、お前だってさっきまで寝てただろ」
「そうですけど…」

 段々と声が小さくなってくるあたり、本当に落ち込んでいるのかもしれない。そうなると起きたときのことを考えるととても面倒くさい。そっと布団から顔を出すとしゅんとしていた表情が一気に明るくなる。まるで忠犬のようだ。
 夜久さんは布団から少しだけ顔を出して考えてから、仕方がないというような表情で布団を捲る。手はこっちに来いというように動いていて、俺はなんですかと聞いても夜久さんは何も答えてくれない。まるで察しろと言いたげだ。俺はじーっと夜久さんを見つめて考える。大きく捲られた布団。おいでと動かす手。そしてまだほんのりと赤く染まった夜久さんの顔。それって、そういうことですか?と俺は期待ばかり膨らませてしまう。夜久さんは相変わらずずるいなあと思う。こうして俺の気持ちを勝手に高ぶらせるんだから。きっと夜久さんは無意識なんだろうけど、だからこそ尚更ずるい。

「いいんですか?」
「早くしろ、俺は寝たいんだ」

 乱暴な口調が照れ隠しだということを俺は知っている。わかっている。それじゃあ、と俺は夜久さんの隣にお邪魔をする。こうしてひとつのベッドに二人で入ると夜久さんは本当に小さいなあと思う。言ったら絶対に怒られるから言わないけれど。
 リエーフをベッドに招き入れたはいいけれど、高校生の男が二人でシングルベッドはやはりキツかったのたか、思ったよりもリエーフが近い。もしかしたら心臓の音が聞こえてしまうのではないかというぐらいに。リエーフに背を向けていると、何を考えたのかリエーフは後ろから俺を抱きしめておやすみなさいと言ったのだ。そんな体制で寝れるわけがないだろう。しかし振り返ることは今度こそ本当にできないのだ。俺はお前の抱き枕じゃないんだと起きたら言ってやる。
 夜久さんを抱きしめたら少しだけ夜久さんは震えた。緊張しているのか体もいつもより強ばっている。しかし夜久さんの匂いが俺を落ち着かせた。こんなに至近距離にいたら、俺の心音も聞こえてしまうのではないかと思うけれどそれでも別にいいと思う。俺がどれだけ夜久さんを好きかわかってもらえるかもしれない。でもまさか夜久さんからベッドに誘われるなんて思ってもみなかった。これじゃあ夜久さんが俺を襲うんじゃなくて、俺が夜久さんを襲うように仕向けてるんじゃないかってくらい。あーあ、こんなんで寝れるわけないじゃん。そんなことをぼんやりと考えながらリエーフは夜久の肩に頭を押し付けた。
 もちろん、夜久だって寝れるわけがない。二人して寝たふりをして、一体どのタイミングで起きたらいいのか二人して考え込んでいるなんてお互いが知ったらどうなるのだろうか。しかしこの幸せな時間が続けばいいと思っているのも事実である。

ふたりで眠ったふり/150102



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