今日の放課後、谷地さんに手紙を渡された。谷地さんの頬は真っ赤に染まっていて、まるでこの光景は周りから見たら俺に谷地さんがラブレターを渡しているみたいだった。実際は全然違くて、谷地さんは他クラスの女の子にこの手紙を俺に渡して欲しいと頼まれたらしい。確かに俺が今一番よく話す女の子は谷地さんであることは事実だから、谷地さんに頼むという判断は正しいものなのかもしれない。そもそもラブレターは本人が直接想い人に渡すという手段しか知らなかった俺だから言えることだけど。俺は高校に入ってラブレターを貰うのは初めてだったからそりゃもうドキドキしたものだ。谷地さんがあんなに頬を真っ赤にして渡してきたからかもしれない。

「日向って、もしかしてラブレター貰うの初めてじゃないの?」
「初めてじゃないけど…」
「けど?」
「誰かを介して渡されるっていうのは初めてだった」

 初めてじゃないと言えば山口に意外と言われた。初めてじゃないけど、ラブレターだって本当に昔、一度貰っただけだ。まあ周りの友達がラブレターを貰ったという自慢なら何回だって見てきたけれど、それだって本人から直接渡されたり下駄箱に入れられたりしていたものだ。谷地さんのように誰かに頼まれたという例は日向は一度だって見たことがなかった。谷地さんも誰かにラブレターを渡して欲しいと頼まれたのは初めてだったらしい。けれど、これはただの予想だけど、谷地さんはきっとラブレターを渡したことがないんだと思う。だって誰かに頼まれたラブレターを渡すだけであんなに顔を真っ赤にしてしまう谷地さんが誰かに自分からラブレターを渡している姿だなんて想像がつかない。それはあくまでも日向の勝手な想像で、もしかしたらもう既に誰かにラブレターを渡したことがあるのかもしれないけれど。しかし日向はそんな考えは一切頭になかった。
 家に着いてから今日谷地さんを介して貰ったラブレターを一人自室で読む。ラブレターをくれた宛先の女の子は確かに俺とも谷地さんとも違うクラスの子で、しかも日向はこの名前に見覚えがこれっぽっちもなかった。ラブレターを一通り読んで終わってから日向がこの女の子に思ったことは『ずるいなあ』という気持ちが真っ先に思いついた。確かにこの女の子の気持ちは嬉しいものだったけれど、この女の子は自分で渡すべきなのではないかと、日向はただそう思っていた。最後の一行には『返事はいりません。これからも部活頑張ってください』と書かれていた。日向はこのラブレターをちゃんと封を閉じて引き出しの奥の方にしまい込む。きっとこのラブレターを読むことはもうないんだろうなあと思いながら。
 翌朝、いつも通り余裕を持って家を自転車に乗って飛び出る。冬の朝は本当に寒い。しかも自転車に乗って登校する者はそれが尚更のように感じる。マフラーと手袋を絶対の必需品だった。そうして自転車を漕いでいたら見慣れた後ろ姿を見つけたのだ。星の髪飾りと歩く度にぴょこぴょこと揺れる髪がとても目につく。

「あ、谷地さんおはよう」
「ひ、日向、おはよう」
「今日谷地さんいつもより早いね」
「寒さでいつもより目が早く覚めちゃって」

 いつも自分が体育館に着くのは一番か二番だったから他の部員よりも幾分か早く着く。だからか朝の通学路で他の部員に会うことはほぼないに等しいものだった。よく体育館にどちらが早く着くか競っているわけではないけれど影山には自転車を置いてから会うけれど。影山以外には会ったことはなかった。それに体育館に着いてからは自主練を始める時間があるくらいには早く着くから、谷地さんに会うだなんて日向は本当に思ってもみなかったことだ。

「日向は、昨日のラブレターを書いてくれた女の子と付き合うの?」
「?    付き合わないよ」
「そっか…好きな人とか、いないの?」
「今はバレーが一番かなあ。谷地さんは?」
「わ、私は今はマネージャーをもっともっと頑張んないといけないので…」

 学校に着くまで自転車で行けば後三分もかからないのだろう。歩いて行けば多分大体十分くらいだ(それは谷地の歩くスピードにあわせて考えたもの)。日向はきっと早くバレーボールに触れたいと思っていたのに、自転車を押して歩き始めたことに谷地は少しばかり驚いていた。バレーを一番とする日向のことだから、きっとそれじゃあ先に行くね等と一言言ってから先に行ってしまうものだとばかり谷地は考えていたから。なのに、谷地の考えとは逆に、日向は自転車から降りた。

「先に行ってても大丈夫だよ?」
「行く場所は一緒なんだから、一緒に行こ」

 確かに早朝だから不審者等は居ないとはいえ、女の子が一人で人通りの少ない道を歩くのは危ないだろう。谷地さんは自分のことになると注意力が低下する。日向は少なからずそう思っていた。だから一緒に行こうと思った。谷地さんは「そうだね」といつも通りの笑顔で言ってくれて、けれど脳裏には昨日の顔を真っ赤に染めていた谷地さんがいた。体育館に着くまで大体後十分ぐらいかかるとしたって、朝練が始まる時間まではまだまだ時間がある。きっと今日体育館に一番に着くのは影山なんだろうけど、なぜだか不思議とそこまで悔しいとかそういう気持ちは湧かない。寧ろ谷地さんと一緒に歩いた十分間があっという間だったことの方が少し寂しさを覚えてしまったくらいだ。理由は日向にはわからない。
 体育館に着けばやはり影山が一番に着いていて、谷地さんは影山がもう既に着いていたことにびっくりしていた様子だったけれど俺も直ぐに自主練を影山と始めた。影山がトスを上げて俺が打つ。ひたすらそれを繰り返していた。他にも影山の打ったサーブをレシーブしていたり(勝手にレシーブをしただけ)、壁打ちをしたりしていた。その間谷地さんはボールを拾ってかごに戻していたりボトルやタオルの準備を休まずしていた。俺や影山は確かにバレー馬鹿かもしれないけれど、きっと谷地さんみたいなマネージャーが陰ながら支えていてくれるから俺たちは今日もバレー馬鹿でいられるのかもしれないと、らしくないことも考えていた。こんなこと影山に言えば絶対に馬鹿にされるから言わないけれど。そろそろ朝練が始まるし大地さんたちが来るだろうという時間になれば自主練は終わりだ。いつもなら片付けを始めるのだけれど今日は谷地さんが全て先に片付けをしていてくれたから特にすることがなかった。

「谷地さんありがとう」
「ううん!日向と影山君はこれからも朝練があるんだから少しでも休んでて!」

 そう言ってボトルとタオルを差し出してから谷地さんは清水先輩に挨拶してくると部室に行ってしまった。やっぱり星の髪飾りとぴょこぴょこと揺れる髪がとても目につく。気がつかないうちに谷地さんを目で追ってしまった。その後大地さんたちが体育館に入ってきて、俺と影山もそこに合流をして朝練を始める。朝練は自主練とは違い人数が増える分練習できる幅もとても広がり楽しい。辛いとか苦しいとかそういう気持ちもあるけれど、楽しいという気持ちが一番強いし大きい。朝練の時間はあっという間に終わり急いで制服に着替えて教室に駆け込む。授業中もなぜか昨日の顔を真っ赤にさせた谷地さんのことが頭から離れなかったけれど理由はわからなかった。多分谷地さんのあんな顔を見たのは初めてだったからかもしれない。

「日向、呼ばれてる」

 クラスメイトからそう言われて教室のドア付近に目をやると確かに俺を呼んでる人が居た。その人は他クラスの男の人で、確か谷地さんと同じクラスの人だったと思う。以前谷地さんのクラスで勉強を教えてもらったときに目が合った、気がする。けれど谷地さんと同じクラスの人だったということは確かで、そんな人が俺になんの用なのだろうと不思議だった。
 用件は至って簡単なものだった。谷地さんにこれを渡して欲しいと言われて谷地さん宛のラブレターらしき手紙を渡された。というよりも押し付けられたという方が正しいだろうか。俺が返事を言う前に立ち去ってしまったのだから。自分でラブレターを渡せないからってそれを見ず知らずの人に任せるなんて、責任転嫁だなんて本当にずるい。そのずるさは一体どこで教えてもらえるのだろうか。このラブレターを谷地さんに渡さず何処かに捨てられるずるさを、俺は教えてもらいたかった。けれどそんなことできるはずもなく、俺は谷地さんのことが好きだとこの手紙に綴った彼の思いを谷地さんに渡すという重大な責務を背負ってしまった。昨日の谷地さんもこの重さを身を通して味わっていたのだろうか。逃げていく彼の後ろ姿はみっともないものだった。
 その日の放課後、俺は部活が始まる前に谷地さんを呼び出した。ラブレターを渡すために。昨日とは立場が逆転だなあだなんてことを谷地さんが来るまでに考えていたあたり、俺は割と谷地さんにラブレターを渡すことを恥ずかしがっていなかったのかもしれない。

「遅くなってごめんなさい、待った?」
「ううん。俺もついさっき来たから」
「良かった…。話ってなに?」
「話って程のものじゃないんだけど、あんまり人前で渡すのはあれかなあって思って」

 頭に?マークを浮かべていた谷地さんに「これ」とラブレターを差し出した途端また昨日のように顔を真っ赤にさせた。一応誤解を招いてはいけないため、俺からではないことも谷地さんのクラスメイトの男の人から渡すよう頼まれたことも話した。それでも谷地さんの顔の紅潮は治まらない。もしかして、ラブレターを貰うのは初めてなんだろうか。でも谷地さんなら貰う度に顔を真っ赤にさせていてもおかしくはない。寧ろその方がしっくりくるかもしれない。谷地さんはラブレターの封を開けず、けれどもそれはラブレターだということはきちんとわかっているようでそれを鞄にとても大事そうにしまっていた。谷地さんはもしかして彼と付き合うのだろうかというよくわからない不安が頭をよぎって離れなかった。顔を真っ赤にさせた谷地さんと谷地さんにラブレターを渡した彼が付き合う姿なんて思い浮かべたくもなかった。部活中も谷地さんはほんのり頬を染めていて、清水先輩に風邪かと聞かれていたくらいだ。俺もいつもより集中力がなく、先輩たちに怒られてしまった。放課後は俺と谷地さん二人して様子がおかしいと心配されてしまったくらいだ。ラブレターをもらった谷地さんの様子がおかしくて心配されるのはおかしくないけれど、それじゃあなぜ俺の様子がおかしいのか考える。理由はたった一つしかなかった。きっと、谷地さん。俺は谷地さんのことが好きだと一つの結果に至った。帰り道は基本バレー部で帰る方向が一緒の人と集団で帰っている。俺は谷地さんの隣に行って話しかけた。今日の部活中ずっと気になっていたことを聞くために。

「谷地さんはラブレターくれた人と付き合うの?」
「えっ!? 付き合うとか、そういうことは考えてなかった…」
「じゃあ付き合わないの?」
「――うん。私は今誰かと付き合うとか考えてないから」
「そっか、よかった!」

 なんで?と谷地さんが言いたそうな顔をしているけれど、流石に好きだからだなんて言えそうにない。けれど今ここで好きだからと言えば、先程のような真っ赤な顔を見せてくれるのだろうか。

二人の距離はあと一歩/150101



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