自分があまり人に好かれないなんてことはわかっていた。私みたいに素直じゃない女なんて、嫌われるだけだったってこともちゃんとわかっていたつもり。それでも昔からの悪い癖みたいなものなんだから、今さら治せるわけなんてないでしょう。それに今の自分を私はそこまで嫌っていなかったのだから、変える必要なんてものもないはず。アースイレブンに選ばれて、サッカーをするようになってからは、以前よりも猫をかぶることをしなくなったのかもしれない。変える必要なんてものもないと私は思っていたけれど、私の意志とは別に勝手に私は変わってしまったみたいだった。けれどそれをあまり認めたくなんてなくって、前と何一つ変わってませんよみたいな風に過ごしていたからか周りからすれば無理しているように見えていたのかもしれない。 「野咲は変わることの何が怖いんだよ」 「別に何も怖くなんてないけど」 「だったら無理なんてしなくていいだろ」 「無理なんてしてない」 昔はもっと嘘をつくのが上手だった気がする。なのに今ついた嘘はあまりにも見え透いたもので、きっと鉄角ですらわかってしまうんだろう。それに気がついてしまったらなんだか恥ずかしくなるもので、必死に自分を取り繕ってるのなんて今まで誰にだって見せてきたことなんてなかったからどう対処すればいいのかもわからない。だから咄嗟に逃げ出してしまった。これで決定的になってしまった。自分の変化とどうしてみんな向き合えたんだろう。私は無理だ。でもこれじゃあ私がこの中で一番弱いみたいになってしまうみたいで、それも嫌だ。自分の弱さとすら向き合えないのに、どうして変化とは向き合えるの? 思わず涙が溢れる。後ろからばたばたと足音が聞こえてきて、まさか追いかけてきたんだろうかと振り向くとやはり追いかけてきていたようだった。ほんと、私あんたのそういうところ嫌いよ。なんて本人に前なら言えたはずなのに。 「泣いてるのか?」 「泣いてない」 「なんで嘘つくんだよ」 「私が嘘をつくのなんて前からでしょ?」 そう私が言えば鉄角は黙り込んでしまう。だって事実だものね。何も言えないのは当たり前のこと。他人に涙を見られるなんて弱みを握られたようなもので、私の気分は一言で表すと最悪だった。ここにいたのが井吹みたいな馬鹿なやつだったら楽だったのに、あんた中途半端なんだもの。馬鹿なんだけど馬鹿じゃないみたいなそういうやつなの。中途半端が一番嫌いなのに。はっきりしてよ。 「野咲が嘘をつくのは勝手だけどよ、泣くのとかそういうのやめろよ」 「うるさい。私の勝手でしょ」 面倒くさそうにため息をつかれて思わず口を尖らせてしまう。そもそも私のことなんてほっといてほしいのに、鉄角はいつもしつこく付き纏ってくる。俺は自分の弱さとも変化とも向き合えたって言いたいのか、それとも私のことを馬鹿にしたいのか、どっちだって別にいいけど。そういうのには馴れていたし、今さら陰でぐちぐち言われて気にするような私じゃない。嘘をつくのはいいけど泣くのはダメってなにそれ。鉄角は私にとってなんでもないのにそうやって口出しされるのは嫌いなの。私は鉄角のことを無視して歩く。鉄角だって嫌なら関わらなきゃいい話なのに。 地球に帰ってきてからも鉄角とはなんだかんだで付き合いが続いていた。東京と沖縄の距離はどう頑張ったって縮まらないのに、その距離を簡単に飛び越えてきてしまうみたいに鉄角は沖縄にやってくる。私は東京に憧れみたいなものはないけれど、鉄角は東京に住んでいるとはあまり思えなかった。むしろ私より沖縄に馴染んでいるように見える。肌だって私より焼けていたし、海だって私より好きそう。別に鉄角のことは好きでもないけれど、だからといって嫌いだというわけではなかった。アースイレブンにいたときから何かと私に付き纏ってくるのはウザかったけれど、それ以外は別に。正直私は鉄角よりは瞬木みたいな人間と似たような感じのタイプだったから、鉄角とはあまり相性とかが良さそうに思えない。それでも今こうして並んでいても不快にならないのは鉄角が気を使っているからなんだろう。まあ、鉄角が勝手に好きで沖縄に来ているんだから、好きで私の横に居るんだろうけれど、どうして私の隣に並びたがるのかはわからなかった。 最初の頃は長期休みになる度に沖縄に来ていた鉄角も、流石に中学三年の受験間近になると沖縄に足を運ばなくなった。やはり東京と沖縄にはとてつもない差があるのだろう。私の進路は新体操一直線で、海外留学も視野にいれて高校は東京の方に行くことになっていた。住み慣れた沖縄から離れるのは淋しいとは思ったけれど、両親と離れて寮生活になるのは楽だと思った。以前とは違い期待に押しつぶされることにはもうならないけれど、それでも結果だけはどうしても残さなくちゃいけないという使命感は拭いきれなかったから。受験前の冬休み、鉄角は久しぶりに沖縄にやってきた。受験前なのに随分と余裕なやつだと私は少し思ったけれど関係のないこと。 「鉄角は高校どうするの?」 別に知りたいわけじゃないけれど、話すこともなかったから聞いてみる。鉄角との沈黙はあまり好きじゃない。 「高校は行かねぇ」 「はぁ!?」 「将来漁師になって実家継ぐから、高校行かねぇで漁師の勉強すんだよ」 同級生で高校に行かないなんて選択をする人は一人もいなかった。したいことはないけれど取り敢えず家から近い高校に行けばいいとかそんなことばかり話す人は多かったけれど、鉄角は将来のことを見据えてそれでいて高校に行かないなんて決断をした。正直私なら無理だと思う。新体操なんてただの理由で、それがなかったら私も他の人たちみたいに特に考えずに近場の高校に行ったのだろう。 「そんで、俺が漁師になったら――」 そこで鉄角は俯いてしまったから私はどうしたのかと顔を覗き込む。隣でこんな不自然に黙り込んでしまったら誰だって心配するのだろう。 「嫁に来ねぇか?」 何を言ってるんだろうかと思った。嫁に来るって私が? 鉄角の嫁になるの? なんで? 「あんた、私のこと好きだったの?」 「気付いてなかったのかよ!」 だってあんたいっつも私の嫌がることばっかりするから、てっきりあんたも私のことを嫌っているんだと思ってたんだから仕方ないじゃない。それに私みたいな人間を好くような人は居ないんだから、嫌われてきたんだから、わからないの。 「俺は野咲のことが結構前から好きだったけどな」 「…わかりにくいのよ」 「気付いてるんだと思ってたんだよ」 これだから脳筋で動くやつは。でも、私は不思議とそこまで不快にならなかった。別に私も鉄角のことが好きだとかそういうことを言うつもりもないけれど、鉄角が沖縄に来ないときは淋しかった。東京の高校にすればもう少し多く会えるのではないかと思っていたのも事実。でも、こんなのが恋だなんて思わないじゃない。恋ってもっとロマンチックなものだと思ってたんだから。こんなあっさりしたものだったなんて、思わないじゃない。 「私、嘘ばっかりつくわよ」 「そんなの知ってるっつーの」 なんかムカつく。そう一言呟けばうるさいと返ってくる。 海はどこまでも続いている。きっとこの海を泳いでいけば東京にも、辿り着くのだろう。一人で見る海は少し切ないけれど、二人で見る海は割と綺麗に見えるのを鉄角が沖縄に来てから初めて知った。みんなはこの海を当たり前に見れるじゃないと言うけれど、東京とかに行けばこんなに綺麗な海はきっと見られない。その価値にみんなは気がついてない。 「なぁ、嫁に来ねえの?」 「うっさい! 馬鹿!」 嫁とかそんなの中学生に答えられるわけないじゃない。でも来年になれば私は結婚をできる年齢を満たすのかと初めて思い出す。鉄角はまだまだだけど。それでも、まだ答えられないけど、ひとつだけ言えることはある。 「でもまぁ、私もあんたのこと好きかもしれない」 隣で小さくガッツポーズをしている鉄角を見て、私は少し顔が赤くなった。 なんだかんだゆって隣/150206 |