◇前書き◇
『散華』の続き。ティファ独白で、ショックから立ち直れず少し壊れ気味ですのでダークテイストが苦手な方は注意して下さい。
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アイシクルロッジ
凍り付いた看板に、極北の町の名前を知った。雪が反射する斜陽の光に目が眩む。
到着したクラウド、ティファ、ヴィンセントの面々は疲労から足取りは重くはあるが、しかし殺気立っていた。
エアリスが死んだ。殺された。その衝撃に突き動かされるように、忘らるる都から補給はおろかろくな休憩もせずに半日もかけて山を越え、そのまま雪原を進んだ。町に辿り着いた頃にはもう陽も沈みかかっていた。冷静さを欠いた行動ではあったが、それを咎めるものは誰もいなかった。
身体は疲れきっているのが解るのに、頭は冴えたまま。だのに、考えるとゆう事が出来ない。
熱に浮かされる、とはこういう状態だというのならばティファは特にそうだった。
少し考えれば解る事を何度も訊いては仲間を困らせるティファは心ここに在らずといった有様で、そしてそんな状態のティファをクラウドとヴィンセントがどちらともなく助ける。普段の気丈な振る舞いからは想像しがたいほどの変化に、不安を覚えずにはいられずに口数は減る。そうしてここアイシクルロッジに辿り着いたのだった。
いつの間にかティファの肩にかけられていた深紅のマントはヴィンセントのものだ。マントを借りた記憶がないのは、ティファの心がここにないからだ。そして時々思い出したように目が覚めてはまた何事かを呟いた。
「…ありがとう」
ヴィンセントにマントを借りた御礼のつもりで言ったが、当のヴィンセントは不思議そうな顔をする。それは御礼の言葉を述べるタイミングが遅すぎたせいなのだが、そのことすらもティファは気にかけることはなかった。
些かの優しさも、今は耐え切れそうもない。こんなにも後悔を抱えた自分が酷く無価値に思えていた。
もう陽は完全に沈んでいた。室内灯の柔らかな光が窓から漏れていて、その景色はティファに冬のお祭りを思い出させた。家族で迎えた新年の祝い、在りし日の思い出は波にさらわれる砂の城のように形が崩れていく。今は両親の顔もぼんやりとしか思い出せない。それが何よりの恐怖でティファは思わず自分の肩を抱いた。
「今日は宿をとろう」
クラウドがそう言って、白く凍り付いた宿屋とおぼしき看板が掲げられた建物に入って行った。ならばクラウドに付いて行こう、そう重心を傾けたティファの肩を優しくヴィンセントが抱いた。
「?」
「私達は装備を整えるとしよう。今の装備ではこの環境に耐えられまい」
突然触れられたことに驚きはしたが、幼子をあやすようなヴィンセントの声色に促されるままに二人は道具屋へと赴いた。
防寒具一式を揃えて、普段キャンプで使う道具も雪山用のそれを買った。
ティファは判断力が戻らないままただ眺めているだけだったが、ヴィンセントは食糧やら何やらをバックパックに詰めて準備をより完璧なものにしていく。
淡々としたその姿勢に、ヴィンセントの決意が見てとれる様だった。
私達は、セフィロスを殺す。
たくさんの怨みや憎しみで彩られた、狂人を。
たくさんの酷い思い出。思い出すその度に傷付くような、…そしてそれらは皆が少なからず抱えていて。
特に因縁が深い気がした。
クラウド、ヴィンセント、そしてティファ。この凍った町に留まる彼らには、その傷口を癒す術をとくに持たない。
舐めあうことも、
慰みあうことも。
ただ、殺意に目が眩みそうだった。
懐かしい思い出に浸るような恍惚の眼差しで。
一足先にクラウドがとっておいてくれた宿に先ほど購入した荷物を下ろす。団体客向けの部屋で、リビングスペースにソファとコーヒーテーブルの応接セットが置かれており、その広間を中心にそれぞれの個室と共用のバスルーム隣接している。その割り当てられた部屋のドアの入り口にティファはもたれかかり、整頓されたベッドを眺めた。
足は重く身体は疲れきっているが、温かそうなベッドへと飛び込む気にはなれなかった。
『明日、サブパーティと合流次第に出発する。』
そう言ってさっさと自室へと籠ってしまったクラウド。
そうやってまた、独りで泣くつもりなのね。
どこか冷ややかな視線でクラウドの部屋のドアを睨む。
でも、その気持ちは痛いくらいに分かったから何も言わない。独りでいるにはあまりに辛く、皆でいるにはあまりに淋しい、そんな夜であったから。
―カラカラカラ…
乾いたフィルムが回る音。
ティファは宿を抜け出し廃虚に忍び込んでいた。眠ることを拒否する心を持て余し、フィルムがセットされたままの古い映写機を戯れに動かしていた。
表札を見ると『ガスト』とあった。もう随分と放置されているらしい、ホコリが積もったそれらに主の不在期間を窺い知る。
中に入ってみて驚いた。様々な機材、器機。大量の本、資料、レポート…。
それらは神羅屋敷を連想させ、そして古びた調度品からも似た雰囲気を感じ取った。
ガストさんとは科学者なんだろうな。もしかしたら神羅の関係者かな。ティファはガストなる人物像を懸命に想像する。そうやって妄想を膨らませているうちは辛い出来事を少しだけ遠ざけていられる気がした。
掛けっぱなしだったフィルムの映像に、白衣を着た男が映し出されていることに気付いた。
「この人がガストさんかな…」
何となく映し出された映像に見とれる。残念ながら音声は生きていないらしく、まるで無声映画だ。古いフィルムで保存状態も悪かったらしい、所々に影が出来てしまっている。
淡々と彼の研究や実験の経過ばかりが映される中に、ふと女が映った。
「!!!!」
エアリスだった。
いや、少し歳は上だろうか?それに雰囲気が少し違う様に見れる。
女が登場してからやがてホームビデオの様になり、幸せそうな二人が寄り添うように暮らす風景がひたすら映し出される。食事の様子や、女が編み物をしている様子や、居眠りをするガストの寝顔がイタズラっぽい目線で映し出されたり。
やがて二人の間に子供が出来たらしい、慈しむように女のお腹をさわる男の姿。
もう分かった。
彼らはエアリスの両親だ。
ティファはたまらなく泣きたくなって、抱えた膝に顔をうずめた。
エアリス、貴女に見せたかった。
だってこんなにも幸せそう。
そして、いつか言っていた「私は皆と違う」なんて寂しい言葉を、拭ってあげたかった。
貴女が孤独なのが事実でも、それでも愛されていると。
もう伝えられない後悔と、愛しさに、涙が溢れた。
だのに、どうして奪われてしまったの?
幸せそうに笑う貴女が、もうここにはいないなんて。
だって、貴女が殺される理由なんてどこにもない。あんなスラムで健気に生きてきた、儚くも逞しい花。
それが生まれながらに背負ったものだとでも言うのなら、貴女の生きた意味がない。
そんな運命、呪われてしまえばいい。
だって、
貴女が好きだった。
「…ひどい泣き顔だ、って笑ってよ…」
止まらない涙、嗚咽を噛み殺す。
あの時、どこか壊れた心に押し寄せて溢れた感情。悲しくて、寂しくて、恋しくて胸が張り裂けそうに痛い。
熱い涙が頬を濡らして、今やっと正常になった。
エアリスが生きていたら、このフィルムを見ることはあっただろうか。今の私のように、曖昧になっていく記憶に怯えたことはあったのか訊ねたい。そして同じ気持ちを抱えていたのなら、このフィルムはどう映るのか。懐かしく思うのか、そして家族の顔を忘れてしまったことに罪悪感を抱くのか、それとも…これはただのフィルムの影だと決別するのか。
悲しいの。
どうしようもないくらいに悲しいのよ。
手に入れて失ったものはあまりに大切だった。
全身を覆う倦怠感。
泣き腫らした瞳には、凄惨な最期を迎えたガストの姿があった。
フィルムに焼きつけられた映像。突如襲ってきた神羅兵士と見られる男達に、白衣の男に。
ほんのささやかな幸せすら奪われて。
エアリス
ねぇ、エアリス…
私ね、貴女と もっといっぱい側に居たかったよ。たくさん話せばよかった。もっと早く出会えていれば良かったのにな。
それで、何かが変わるのなら。
-Fin-
―――
◇後書き◇
一人称だった文章を修正したもんで独白部分とが少し紛らわしくてすみません。
この話は更に続く予定だったのですが、なんだか取り留めのない話になって保留したままになっています。セフィロスを殺すと覚悟を決めたティファの張り詰めた危うさにヴィンセントがそうまでして手を汚さなくてもいい、汚れ役は自分がかってでよう…と、なんだかヴィンティ風味になったという。
前回の「散華」からこの話ででもヴィンセントがティファに優しいのはあくまで仲間としての紳士的な思いやりであることは間違いないのですが、こうして改めて読むとクラウドが頼りないばかりに…なんだか横恋慕しているようにも思えますね。ジェントル表現とはさじ加減が難しいもんだな。
しかしクラウドは自分に余裕がないだけで決してティファを見放している訳ではないのです。そのままティファを側においておけばワンナイトラブという爛れた関係になりそうだから自分なりに葛藤している、という本編には全く感じられない設定が!
あとガスト博士に対してはまだ黒幕の認識はありません。別の話ですがセフィティ話「君の在処」では私自身が元凶認識をもって書きましたが、今回はエアリスの話なので幸せな場面だけにスポットを当てようと。本当、ガスト博士って元凶のくせになー…まああの最期だし報いは受けたと考えるべきかね…。リメイクでは研究動機など明かして欲しいなー、とか思うのですが、エアリスの父ちゃんだし今更悪者になるわけないかー。