◇前書き◇
久しぶりにレノティです。
―――
夜もふけてきた。
閉店時間でガランとしたセブンスヘブン。後片付けで食器を洗い、店内掃除をしている時、その人はフラリとやってくる。
―カランカランッ…
ティファはモップの柄の天辺に両手を重ね、その上に顎をのせる。
ちょうど、呆れたようなポーズ。自然とため息が出る。
「やっぱり来た」
ティファはそう迎えた。
真夜中の訪問者、レノの存在を。
「今日もボロボロ、だね」
「…だな」
ティファの示唆する通り、レノのスーツやシャツは所々が土埃で汚れ、それどころかレノの顔や手には傷や痣がついていた。
ティファは呆れたように、ふっ、と一息吐くとレノに椅子をすすめた。
「待ってて、薬箱とってくるわ」
レノは言われるままにカウンターの一席に座り、二階へ上がって行ったティファを待つ。間もなくして薬箱を抱えたティファが、そろりそろり、とした足取りで階段を降りてきた。
今は深夜だ、子供は寝ている。それを気遣ったのだろうな、とレノは他人事に思った。
薬箱をカウンターに置くと、ティファはレノの隣に座った。
「傷、見せて」
ティファはレノのスーツの裾を引っ張る。脱げ、とゆう意味だ。
レノは面倒臭そうにスーツを脱ぎ、シャツも脱ぐ。この時、ティファの反応をチラリと盗み見てみるが、当のティファは無反応で、薬箱から薬品やガーゼなどを出していた。
『…つまんねーの』
レノは機嫌を悪くしたように、脱いだ上着とシャツを奥のボックス席へと放った。
「もぅ!散らかさないの!」
ティファは小さな子供を叱るように腰に手を当てた。
「…」
「またケンカ?今日はどうしたの?」
「…お仕事だぞ、と」
「…そう、…あんまり訊いちゃいけない事なんだろうけど」
ガーゼに消毒液を染み込ませ、レノの額の傷に当てる。レノは片目をつむり、眉をしかめた。染みたらしい。
「こう、頻繁に来られるとねぇ」
「迷惑…か?」
「半分心配」
レノの下がった眉に、ティファは悪戯っぽく笑った。
「はい、次はこっちに背中向けて」
レノは椅子を回転させて、ティファ言葉に従う。
レノの背中には酷い痣が一筋、赤紫に腫れていた。
何か棒状の物で強く殴られたのだろう。それに顔の傷は明らかに拳によるものだ。
『一見、ケンカの傷…だけど』
レノが背後から武器で殴られて、殴りあいに応じるのは…少し似合わないと感じた。
レノはタークスに選ばれるほどなのだから、それなりには強いはず。それが『仕事』とは言え、その辺のならず者相手に、こうもやられてしまうものだろうか?
とりあえず消毒液を染み込ませたコットンで背中一面を拭き、痣には冷却湿布を貼った。
「つっめてぇ!!!!」
レノの大げさな反応にティファは笑う。
「ほら、動かない。まだ終わってないよ?」
「なんか合図くれてもいいだろ…」
「はいはい」
「よし、終わり!」
ティファはパタパタとレノの背中を叩く。
「…サンキュー」
「ねぇ、何か飲む?コーヒーは…眠れなくなっちゃうかしら」
レノの肩に手を置きながら、ティファは首をかしげる様にしてレノに訊ねた。
「あー、酒がいい」
「ケンカして怪我してお酒ねぇ…」
「何だよ」
「この不良」
ティファは悪戯っぽく笑うと、カウンターに入っていった。
「まぁな」
ティファはロックグラスを取ると氷とウイスキーを注ぐ。それをレノの前に置くと、様子を見るように両手をカウンターにつく。
「よく覚えてたな」
グラスを手にしたレノが感心した様に言うと、ティファはにっこりと微笑んだ。
「レノの好きなお酒よね」
レノはウイスキーをちびちびと舐める。
キレの良い辛味と甘く感じる香りとが最高に美味く感じた。
「美味い」
「そう、良かったね」
そうやってころころと笑うティファを見て、レノは少し複雑な感情を抱いた。
ティファは無邪気に笑う。
敵同士だった頃には知りえなかった、その笑顔。
ふわり、と浮かぶ様に笑うその表情。いつも、こっちまで釣られて微笑んでしまいそうだ、と弛んだ頬を引き締めるのだった。
『カワイ〜な〜…』
ぼんやりと思ってしまうのは本音だ。レノはウイスキーを舐めながら、カウンターで何やら作業をしているティファを眺めていた。
『ルードが知ったら何か言うかな…』
レノは相方が抱く恋心を他人事の様に案じた。
『ルード…まだティファの事好きみたいだしな…』
少し前の、カダージュ一味の事件を思い出す。
教会で仲良く倒れていたティファとクラウドを運ぶ時、何も言わずにティファを抱きかかえたのはルードだ。体格的にも野郎を運ぶのはルードの方が適格だろうに、抗議空しく俺は重たい思いをしながらクラウドを適当〜に運んだのだった。
まるで壊れモノを扱う様に大事に、愛しそうにティファを抱えるあの時のルードの姿が脳裏にちらつく。
グラスの中身を一気にあおると、喉に焼ける様な痛みが走った。
「っかぁ!」
レノの声に反応して、ティファが作業を止めた。
「あ、一気飲み禁止!」
「…、もう一杯くれ、と」
レノの相変わらずの軟派な調子に、ティファは呆れながらグラスを取った。
「次やったら薄めちゃうからね」
ルード。
ライバルいっぱい居るぞ、と。
俺とか、クラウドとか。
大体クラウドとはどうなってんだ?一緒に暮らしてるからには…ただの同居人、なんて事は無いだろうが。しかしこの家には子供が2人も居るし、新婚家庭には思えねぇな〜…
もしかして、脈アリ?
「レノ?」
ティファが目の前に居た。色々考え事をしていて、あまり周囲が見えてなかった。不意打ちに重なるその大きな瞳に少し驚いたが、平静を装う。
「何だ?」
「ニヤニヤしてる」
「こーゆー顔なんだよ」
照れ隠しのつもりで腕時計を見た。ああ、もうこんな時間か。
カウンター席から立ち上がって、ソファに投げたシャツに袖を通す。面倒だったので適当に1つだけボタンを留めた。
カウンターへ向き直ると、ティファが丁度出てくる所だった。
「ほら、掛け違えてる」
ティファはレノと向かい合うと、掛け違えてたボタンを外して裾を合わせた。
華奢な指先がボタンを留めていく。この拳で、あれだけの攻撃が出来るのだからザンガン流とは恐ろしいものだ…レノはしみじみと思った。
ああ、髪柔らかそうだな。
色白いな。一所懸命になっちゃって…カワイーな、おっぱいデケェし。睫毛長ぇ〜。
「…ジロジロ見ないの」
レノの視線を嫌でも感じたらしく、ティファは少し不機嫌そうに呟いた。
ボタンを3つほど留めて、ティファはふとレノを見上げた。
「ねぇ」
「ん?」
「やっぱり心配なんだよ?レノの事…」
「いつも夜中に、ふらっ、て来て…怪我してるし。危ない事がレノの言う『お仕事』なら…賛成出来ない」
「…」
ティファの真摯な瞳に、その言葉の真実を知る。本気で心配してくれているのだ。
「…アンタに賛成してもらわなくても、と言いたい所だが
泣かれると困るぞ、と」
「全く…泣いてないわよ」
ティファはまた呆れた様に笑った。
「でも、さっき言ったのは本気。来るなって意味じゃないの、ただ心配なだけ…。無理はしないで」
「…無理しなきゃ『お仕事』なんか出来ないぞ、と」
「…うん、でも…少しだけ」
困った様にうつ向くティファの髪をレノは撫でた。優しく、労る様に。
「まぁ、でも、ありがとな」
「…うん」
「いつでも来て」
ティファはまた綻ぶ様に笑った。
『ああ…もう』
アンタは何も分かっちゃいない。今どれだけ俺が感動しているか。アンタに優しくされて、心配されて。でも心配されたくなくてジレンマゾーンだ!
「ティファ…キスしたい」
「え!?あ!」
素早く腕を回しティファの身体をきつく抱き締めて、逃げるティファの唇を強引な角度で奪った。
「んぅ!」
くぐもるティファの声。
想像してたよりずっと柔らかい唇。ウイスキーが残した甘い香りとで、頭の芯が痺れる。ただ触れるだけのキスなのに、とても官能的だ。
つい調子に乗って、何度もついばんでみたり、唇を甘噛みしたりする。
これ以上したら止まれなくなる、そのギリギリで唇を離した。
「はぁ…っ!」
お互いの乱れた息がまた扇情的だ。紅潮したティファの頬が堪らなく可愛い。このまま押し倒してやろうかと思った。
「何するのよ!」
豪快な平手を喰らうまで。
「さぁ〜て、お仕事お仕事、と」
セブンスヘブンを後にし、レノはのらりくらりと歩きだす。
タークスの仕事は『裏』だ。『表』であるWROでは出来ない事をする。主導権力者を失った世界はバランスを崩し、色々と面倒も増えている。
つまりは、そうゆう事だ。
あの娘の為ならエンヤコラ。
キスと手当てのお礼には足りるだろう?平手も喰らって、お釣りが欲しいくらいだぞ、と。
もっと世界がシンプルならば良いのに。
俺の汚れたこの手で
世界が平和になりますように。
なんてガラにもなく祈る程、アンタが愛しいよ。
「あ〜あ、もう降りらんねぇからな」
この俺をそっくり賭けてやるよ。
アンタが幸せに暮らせる世界、そんなデカいオッズを受けて立ってやるよ。畜生。
今日も世界に太陽は昇る。
朝焼けの煌めく光が反射する街並みに眩しくてしかめ面になる。だけど気分は最高に良かった。このまま走り出したい様な、ワクワクした気持ち。
レノは笑う。
ギャンブルーレット、回れ。
-Fin-
―――
◇後書き◇
この話はすっげぇ前から出来てたんですがなかなか書き進められなくて、今ようやく完成しました。約1年は経ってんじゃなかろうか…(汗)こんなんばっかりだ。
この話のティファはちょっとキャラ違うかも…と少し不安だったりします。明る過ぎる、というか…おおらか過ぎるかも、と。
キャラの性格は基本変えたくないのですが、ティファ自体不安定な性格してるから何とも難しい。序盤の勝気でちょっと生意気な感じも大好きなので、それプラス子育てによる母性、とか…後付けしてみる。
レノも全く難しいキャラ。言葉遣いなんか、嫌がらせか!と思う(笑)
レノについて、というかどのキャラも特に深く考察した事は無いんですが…レノは『裏』のお仕事に特には良心も痛まずこなしてるドライなイメージ。正に自己中、他人事。だけど、直属の上司がハイデッカーからルーファウスに変わって、無感情だったのに『クソみたいな仕事も悪くない』とか思い始めた。で、色んな人々と出会って、何もないと感じていた仕事に少なからず『善』の生産性を見い出せた、とかね。
夢見すぎですか(死)
ここまで読んで頂き、有難うでした!