◇前書き◇
ダークです。ライフストリームに落ちた時の話。
―――
耳の奥がざわついて
何かを聞き取ろうとしている
雑踏に紛れた様な
途切れ途切れの『声』は
意味を持たないままに消えていく
全神経を聴覚に傾け、意味を知ろうとするけれど
言葉になる前に
それは去って行ってしまう。
「聞こえないわ…」
ざあざあ、と砂嵐に答えを求めているみたい。
「聞こえない…もっと…大きな声で言って」
何を伝えたいのか、それが分からなくて苛ついてさえくる。
ただ、私を呼んでいる事だけは理解した。
「…分からない」
私を呼ぶ砂嵐…、それはとても真っ黒な気がする。
黒…いいえ、闇だろう。
一条の光さえ無い、全てを呑み込む闇。
ああ、気付いてしまった。
もう、戻る事は叶わない。
そう思った。
『ティファ、アイシテイル』
瞬間、全てのピースが揃ったパズルの様に
ティファは全てを理解した。
「久しぶりだな」
闇に伏せるティファに降りかかる言葉。
声は深く浸透したかと思えば、ずいぶんと高く反響した。
一切が掴めない不安定な空間に、ティファは目覚めた。
「…セフィロス」
虚ろに呟いたティファ。体勢はそのままに、目の前に置かれた自分の手を見つめる。
はっきりとした輪郭に、ティファは目を細めた。
そうだ、私はライフストリームに落ちたのだ。
夢、ではない。
「ティファ…」
相変わらず、所在無い声が響く。
ティファはのろのろと、極めて緩慢な動作で体を起こした。
見上げれば、予感の通りにセフィロスの姿。
あの冷たい瞳はそのままに、ティファを見下ろしていた。
「…」
「ティファ」
セフィロスの口が動いた筈なのに、その声は目の前の彼からは発せられていないかの様だ。不思議な感覚に囚われつつも、ティファは彼に関する出来事を必死に辿る。
パパを殺した。
故郷を焼いた。
クラウドに酷い事をした。
私を傷付けた。
そして、
エアリスを殺した。
鋭い痛みが走る。
胸が苦しいまでに痛み、癒せない傷が開いた様だ。
憎悪、復讐、怒り、悲しみ、哀れみ。
持てる全ての負の感情をもってしても、最後には恐怖に呑み込まれてしまう。
「愛している」
その言葉は鋭利な刃物となり、ティファの心を刻む様に傷付けた。
これだけの仕打に、
愛せる訳がないのに、どうして貴方を愛せようか?
ティファは人形の様に、セフィロスの腕に抱かれた。
温かくも、冷たくもないセフィロスの胸。
体温などというものは、とうの昔に失ってしまったのだろうか。
「…ティファ」
「…」
低い声で、甘く囁くセフィロス。ちゃんと耳元で響いたそれに、距離感を掴みそこねていたティファは人知れず安心する。
「…」
いつからだろうか?
セフィロスに対する感情に変化が芽生えたのは。
凄惨な場面に遭遇して、まのあたりにしても…
きっと、最初からその感情を抱いていた。
憎悪から慈悲が生まれるのは、そんなに有り得ない事だろうか。
いつからか、明確に意識しはじめていた。
まだ間に合う、と
彼を救ってやれるはずだ、と。
ただの、自惚れだろうか。
「…ティファ」
セフィロスは動かないティファの反応を試す様に、首筋に顔を埋めた。
「ッ」
ティファの身体が一瞬、強張る。ここでティファの思考は中断され、改めて今の状況を確認した。
察するに、セフィロスの思念に囚われてしまったと推測する。
あの暗闇で、私を暴こうとした『声』
ライフストリームは全てであり、個である。グランドキャニオンで教わった言葉を思い出した。
つまり、私はセフィロスの意識の中に落ちてしまったのだ。
急に、共に落ちてしまったクラウドの事が気にかかった。
「あ…ッ」
ティファを抱くセフィロスの腕がきつく締まった。
「また…あいつか」
頭上で響くセフィロスの声が、威圧的なものとなった。
「ティファ…お前は私のものだろう?」
幼子をあやす様なセフィロスの口調。ティファは背中を震わせ、身体の骨が軋むのを感じた。
「苦し…い…ッ!」
ティファの訴えにセフィロスは喉の奥で笑う。そして腕の力を緩めた。
「壊してしまうところだったな」
さも、愉快そうに。
顎に手を添えられ、セフィロスに促されるままにティファは顔を上げる。
狂っている、そう思うには程遠いセフィロスの顔つき。
ただ、冷たい。
何かを感じる事が出来ないと言うなら、その欠けたものを補う様に全身で感じてよ。
なれないと言うなら、なれない自分のままで戦い続けてよ。
ティファは強く思った。
「…」
「…」
ずいぶんと長い間、見つめあっていた様な気がする。
いつの間にか、互いの瞳の中に吸い込まれていた。
そのまま、セフィロスはティファの唇に自分のそれを重ねた。
「!」
突然流れ込みはじめたイメージに、ティファは意識を朦朧とさせながらも、かろうじて保つ。
震えだしたティファの身体を、セフィロスは力強く抱き締めた。
触れたままの唇。
ティファは急速に冷えていく頭を、異常な程に感じた。
触れた闇は、空気を掴む様にとりとめのないもので。
それでいて、まとわりつく様だった。
覚醒した様に、ティファの瞳孔が小さくなる。
セフィロスの腕の中で、そっとティファは目を閉じた。
「…」
長い瞬きをし、そっと瞳を開く。
救う、だとか。
もう次元が違うのだ。
唯一
彼を救えるものがあるとするならば。
それは『破壊』であり、それは相容れないもの。
愛でなく。
ティファは涙を流した。
「私にはお前が必要だ」
「セフィロス…」
それでも、彼は私を欲するのだ。
愛など、もはや戯れでしかないのに。
愛を囁いて…。
たった独りで抱えた闇に、見返りは私だとでも言うのだろうか。
『滅び』など、与える者のエゴでしかない。
…彼は救われないのだ。
「ティファ」
「私は…」
「私は貴方が戻ってくる事だけを願ってる」
星を傷付けないで、ひっそりと普通に暮らせればと。
「…」
「…無理を言っているのは分かっているけれど、私は…」
その抱えた闇や憎悪を、忘れろとは言えない。だけど…私は。
夢を見ていた。
全てが救われて、全てが嘘みたいに晴れればと。
「清算もしないまま、のうのうと生きる事など、私には耐えられない」
優しさは、怠惰にも似て。
目的を定めて、生きるものはなんて美しいのだろう。
ティファは物哀しく自分を見つめるセフィロスに心を奪われた。
この人は、愛を囁く。
その言葉は私を傷付けるものでしかないと、知りながら。
「…やめて」
ティファの制止を無視して、セフィロスはそれを遮る様に唇を塞ぐ。
どうしたらいい?
そう尋ねれば、側にいろと言うのだろう。
共に滅びゆく世界の終末を過ごし、気の遠くなる様な時間を過ごす。その前に、きっと私は捨てられてしまうのだろう。セフィロスにとって、愛など戯れに過ぎないのだから。
それに、私はそれら全てを望んでいない。
天秤は、いとも容易く傾く。
「なら…私と一緒に死んでくれるの?」
最も望まない選択。
だけど、そうする事で全てが救われ、守れるのだとしたら…それは最良の選択にも見えた。
セフィロスは暫くの沈黙の後、また喉の奥で笑った。
「よくも嘘を吐く」
「罪滅ぼしのつもりか?その様な浅はかな選択が最悪の結果を招く事も知らずに。」
「お前の中にある醜い部分など知っている。」
「私を利用するつもりだったのだろうが生憎、私もそれは望んでいない。」
「生きる事を放棄するなど、私には耐え難い屈辱だ。」
「ティファ、私はお前を愛しているのだ」
畳みかける様に紡がれた言葉。
繰り返された、愛。
相容れないのよ。
互いの意見が、思想が、
愛、が。
苦しいだけで
苦しいだけで。
「…」
ティファはそっとセフィロスの胸に手を当て、解放を促した。
静かな、明確な拒絶。
頷いてしまえば、どんなに楽だろうか。
だけど、戯れの愛を手に入れて世界の終りを眺めるには、不安で潰れてしまいそうで。
強く想える程に、
彼を全てには出来ない。
同情で支配された、浅はかな愛なのだから。
「残念だ、ティファ…」
闇へと同化する様に消えたセフィロス。涙でにじむ視界で見たセフィロスは不敵に笑いながらも、少し泣いた様に見えた。
「最期の時、必ず迎えに行く」
闇に響いた声。
ティファは静かに、耳を塞いだ。
救う、だとか。
愛でなく。
-Fin-
―――
◇後書き◇
複雑な話………てか訳分かんねぇよ書いた本人すらもッ!殴。
何と言うか…ジレンマゾーンです。ティファは許せないけど許してあげたくて、愛と言うより同情に近くて、セフィロスが思い止まる事を願っている。ちょっとズルイのです、自分を餌にして…と言うか考えが甘くて。
セフィロスはそんなティファも何もかも全て承知で誘惑してます。ティファの思う通り、セフィロスにとって『愛』など無くても全く困らないのですが、それでもティファが欲しいのです。ただ純粋に。だけど彼の囁く『愛』はとても空虚なものだから、ティファは益々警戒するのです。嘘だとは思わない、だけど結局は戯れですから。セフィロスは愛しているつもりでも、届かないのです。
詰まる所、相容れないのです。悲恋です。
「愛でなく」のニュアンスは、「彼を救える手段は愛ではない」「抱いた愛は純粋なものではない」「たとえ本当の愛を持ってしても救済はない」「その愛を受け入れられない自分が悲しい」など、切ない感じ。本当、複雑です…。すみません、説明下手で。
というのが話を書いた当時の見解。公開当時、人気CPや話の傾向を探ろうとアンケートに御協力頂いたのですが、この話はダントツの投票数とコメントを頂きましたことを覚えております。その節は有難う御座いました。
この話は読み返してみるとセフィロスがティファ大好きすぎますね。笑。しかし好評も手伝って、これをきっかけにセフィティという弩マイナーCPの妄想を展開していこうと思えたのかもしれない。
ライフストリームでの邂逅、という話はその後似たような設定を「君の在処」「トルキア」で使用しているのですが、3者の違いはセフィロスの人格と、ティファがセフィロスを愛しているかどうか。ライフストリームにて記憶を見て、何かを感じ取ったのならばティファはセフィロスの理解者になれたのではないか、と妄想迸ります。もちろん現実的には仇であるし、同情なんかしてやるもんか!と思うのが普通でしょうがね。重々承知しておりまする。