審神者御用達の万屋というのは、言わずもがな彼らが顕現させた刀剣を育成したり、戦いに出たりするための便利な道具を販売したり、場合によっては、各本丸の増改築を行ったりする。要はなんでも屋というわけで、そこへ別に政府の人間が常駐する必要はないんじゃないかと初めの頃はぶすくれたりもしたが、定期的に寄越される上からの通達を読んでいて気が付いた。様々な客が訪れるということは、それだけ情報が集まるということ。各審神者の業務執行状況を確認するためという名目で、政府からもそれぞれの本丸には時折調査が入っている筈だが、それとは別に監視の目を光らせておきたいと、つまりはそういう目的であるようだ。仰々しく身構えた監査ではない、何気なく、生活に根差した視点から彼らを眺める我々のような派遣者が必要であると、それが政府の意図らしい。

そんな秘密の内情があるものの、私の普段の業務は至って平凡で穏やかなものである。短刀がこぞって審神者のお遣いでやってきたり、大太刀や槍のお兄さん達が物珍しげに品々を眺めていったり、兄貴分や弟分がいる刀が、それぞれに贈り物を選んでいったり。見ていて和む光景ばかりで、この仕事は案外、やっていて楽しかったりする。
ついこの間特別任務である秘宝の里の調査が終わって今は通常業務に戻ったので、万屋の店頭に並べる品もいつものラインナップに切り替わる。在庫で残った調査道具を政府に返却しなければ……、なんて棚を見ながら思案していると、「よっ店長、熱心だな」と急に後ろから声を掛けられた。

「つ……、鶴丸さん」
「はっはっは、驚いたかい?」

びくっと動いた私の様子を見て、背後の白い神様はそうして快活に笑ってみせる。
彼は、この地域に属するとある本丸の近侍らしい。その本丸では比較的古参の刀だと、本刃が言っていた。

「この間君に勧められた道具、かなり評判良かったんだぜ。みんなの驚いた顔が拝めたってもんだ」
「それは良かった」

彼はお得意さんと評すべき頻度でうちの店にやって来る刀で、来るたびなんだかよく分からない娯楽グッズを数種類買っていく。
驚きに著しい興味を置く彼らしく、購入したその商品で、自陣の刀や審神者に甲斐甲斐しくちょっかいを掛けているのだろう。

「今日もなにか、面白い道具を探してるんだ。目ぼしいのはあるかい?」

きょろきょろと売り棚に目を走らせながら、彼は金の瞳を瞬かせる。
その様子を微笑ましく思いながら、私は店の奥から最近入荷した娯楽品を集めた木箱を取り出した。彼がこうして訪ねて来たら、一度見せてやろうと思って準備していた品々だ。
子供のようにおおっとはしゃいだ声を上げる彼を見上げて、考える。
鶴丸国永という刀剣男士は、勿論呼び出す審神者に応じてその成りを取っているけれど、私はこの鶴丸さんだけは何処にいても、誰の刀と一緒にいても、絶対に見分けられる気がしている。

「……これと……、これにしよう! 会計を頼めるかい」
「毎度どうもありがとうございます」
「いやあ、いつも楽しい品をありがとうな。……あ、そうそう、もう一つ探してるものがあるんだが、きみ、選ぶのを手伝ってくれないかい」
「いいですよ。なんですか」

簪、と発した彼に、動揺を抑え切れた自信が正直無かった。
半端に唇を開いたまま彼を窺うと、鶴丸さんはこちらの様子など意にも介していない調子で、些か難しい顔をして口元に指を遣る。

「いつも世話になっている女人になにか贈り物をと思ってなあ。定番かもしれんがやはり簪が良いかと考えたんだ」

そうですか、と頷いた声音は震えていなかっただろうか。
カウンターから出て装飾品コーナーへ彼を案内する。色取り取りの華やかな髪飾りは、きらきらと光を受けて反射して、その存在感を主張している。

「沢山あるんだなあ、どれが良いか……、」

しげしげと女物のアクセサリーを眺める横顔に、じっと目を落とす。
勝手に傷付いたような気分になっている自分に驚いた。なにをがっかりしているのやら。そりゃあ、鶴丸さんにだって、簪を贈りたい相手のひとりやふたり、いたって可笑しくないだろうに。

「なあ、きみはどれが良いと思う?」

くるりと振り返って尋ねられた。
首の動きに合わせて、彼の長い襟足が遅れて流れる。

「え、えっと……、」

なんで知らない女のプレゼントを私が選ばにゃならんのだ、と理不尽ながらも少しだけ怒りのボルテージが上がるのを感じながら、それでも私は健気に品を吟味する。

「こ……、これなんか良いんじゃないですかね、キレイ」

私が指差した一本を見て、彼はほう、と華やいだ顔をした。
ああ確かに似合いそうだ、と優しげに目尻を垂れるのを見て、こちらはなんだか更に面白くない気分になってしまう。

「決めた、これを包んでくれ」

悩んだ割にあっさりと、彼は私が選んだ簪を指して笑う。いいのかな、と思いながらも頷いて、包装紙を手に淡々と梱包を進めた。

「お待たせしました、どうぞ」

それでもにっこり彼に包んだ贈り物を差し出す。客商売は笑顔が命。決して、自分の感情が引き摺られることがあってはならない。
しかし、手渡そうとしたプレゼントは開いた掌によって遮られる。特徴的な手袋を嵌めた指先が動いて、困惑する私を示した。

「それはきみへの贈り物だ」

えっ、と絞る声が喉で潰れる。
かあっと頬に熱が集まる気がして慌てて目を逸らすと、追い掛けるように背を屈めた彼に顔を覗き込まれた。

「『世話になっている女人に』と言っただろう。今度是非付けた処を見せてくれ」

驚いただろ? としたり笑む彼の、なんと策士なこと。殆ど台詞にならないような声でやっと礼を告げると、彼は「またな」と踵を返しひらりと掌を振って店を去って行った。
鶴丸さんが居なくなっても、私は彼が消えた店の扉の向こうを、夢でも見ているような心地で眺め続けていた。
ぎゅう、と贈られた簪を胸に抱く。どんな風に言葉にしたら良いのか迷うくらい、私はこの贈り物に甘い痺れを感じていた。



それから暫く、鶴丸さんと会うことは叶わなかった。
あんなに頻繁に店に来ていたのに、最近はとんとご無沙汰である。簪を付けた処を見せてくれ、との彼の依頼に応えようと、贈られてからは毎日それを付けているというのに、浮かばれないものだ。
まあ時間遡行軍との戦いも激化していると聞くし、彼もなにかと出ずっぱりなのだろう。彼の本丸では古株だと言っていた。貴重な戦力である筈だ。
丁度客も居ないので、店先の庭掃除でもしようかと腰を上げる。箒と塵取りを手に、引き戸の外に出た。

「……あ! おーい!久しぶりだな!」

少し遠くから、こちらに向かって声がする。
はっとして顔を上げると、見間違える筈ない、私の贔屓の鶴丸さんが、大きく手を振りながら歩いて来るのが見えた。
途端に嬉しくなって腕を上げる。同じように振り返そうとした時点で、はたと動きを止めた。

「見てくれ主、あれが俺の行きつけの万屋だ」

彼はひとりではなかった。傍らに、和装の麗人が控えている。

「産後の肥立ちが良くなかったから、暫く出歩けなくてなあ。漸く俺の主も此処に連れて来ることが出来た」

自然な仕草で彼女の肩を抱く彼の優しい眼差しが、すべてを物語っていた。
「生まれた子におもちゃを買ってやりたいんだが、そういうのはあるかい?」と口にする様子が、ひどく遠くの光景のように思えて、ぼんやりと霞んで歪む。
ねえどうか、どうかお願いだから、嘘だと言って。冗談だと笑って。私以外の人の隣で、幸せになんてならないで。そう言えるほど自分に素直だったら、きっと楽だろう。
しかし残念ながら私は、そんな風に真っ直ぐ主張出来るほど正直でもなければ、そういう立場に在るわけでもない。単なる政府の犬なのだ。他人の刀に勝手に懸想していた、馬鹿な女だ。
目の前のふたりになにも言えない私に向かって、彼は無邪気に「お、こないだの簪、似合ってるじゃないか」と微笑む。私はそれに対する、正しい解答の仕方が分からない。